コリント人への第一の手紙

第一章

1神(かみ)の御旨(みむね)により召(め)されてキリスト・イエスの使徒(しと)となったパウロと、兄弟(きょうだい)ソステネから、 2コリントにある神(かみ)の教会(きょうかい)、すなわち、わたしたちの主(しゅ)イエス・キリストの御名(みな)を至(いた)る所(ところ)で呼(よ)び求(もと)めているすべての人々(ひとびと)と共(とも)に、キリスト・イエスにあってきよめられ、聖徒(せいと)として召(め)されたかたがたへ。このキリストは、わたしたちの主(しゅ)であり、また彼(かれ)らの主(しゅ)であられる。

3わたしたちの父(ちち)なる神(かみ)と主(しゅ)イエス・キリストから、恵(めぐ)みと平安(へいあん)とが、あなたがたにあるように。

4わたしは、あなたがたがキリスト・イエスにあって与(あた)えられた神(かみ)の恵(めぐ)みを思(おも)って、いつも神(かみ)に感謝(かんしゃ)している。 5あなたがたはキリストにあって、すべてのことに、すなわち、すべての言葉(ことば)にもすべての知識(ちしき)にも恵(めぐ)まれ、 6キリストのためのあかしが、あなたがたのうちに確(たし)かなものとされ、 7こうして、あなたがたは恵(めぐ)みの賜物(たまもの)にいささかも欠(か)けることがなく、わたしたちの主(しゅ)イエス・キリストの現(あらわ)れるのを待(ま)ち望(のぞ)んでいる。 8主(しゅ)もまた、あなたがたを最後(さいご)まで堅(かた)くささえて、わたしたちの主(しゅ)イエス・キリストの日(ひ)に、責(せ)められるところのない者(もの)にして下(くだ)さるであろう。 9神(かみ)は真実(しんじつ)なかたである。あなたがたは神(かみ)によって召(め)され、御子(みこ)、わたしたちの主(しゅ)イエス・キリストとの交(まじ)わりに、はいらせていただいたのである。

10さて兄弟(きょうだい)たちよ。わたしたちの主(しゅ)イエス・キリストの名(な)によって、あなたがたに勧(すす)める。みな語(かた)ることを一つにし、お互(たがい)の間(あいだ)に分争(ぶんそう)がないようにし、同(おな)じ心(こころ)、同(おな)じ思(おも)いになって、堅(かた)く結(むす)び合(あ)っていてほしい。 11わたしの兄弟(きょうだい)たちよ。実(じつ)は、クロエの家(いえ)の者(もの)たちから、あなたがたの間(あいだ)に争(あらそ)いがあると聞(き)かされている。 12はっきり言(い)うと、あなたがたがそれぞれ、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケパに」「わたしはキリストに」と言(い)い合(あ)っていることである。 13キリストは、いくつにも分(わ)けられたのか。パウロは、あなたがたのために十字架(じゅうじか)につけられたことがあるのか。それとも、あなたがたは、パウロの名(な)によってバプテスマを受(う)けたのか。 14わたしは感謝(かんしゃ)しているが、クリスポとガイオ以外(いがい)には、あなたがたのうちのだれにも、バプテスマを授(さづ)けたことがない。 15それはあなたがたがわたしの名(な)によってバプテスマを受(う)けたのだと、だれにも言(い)われることのないためである。 16もっとも、ステパナの家(いえ)の者(もの)たちには、バプテスマを授(さづ)けたことがある。しかし、そのほかには、だれにも授(さづ)けた覚(おぼ)えがない。 17いったい、キリストがわたしをつかわされたのは、バプテスマを授(さづ)けるためではなく、福音(ふくいん)を宣(の)べ伝(つた)えるためであり、しかも知恵(ちえ)の言葉(ことば)を用(もち)いずに宣(の)べ伝(つた)えるためであった。それは、キリストの十字架(じゅうじか)が無力(むりょく)なものになってしまわないためなのである。

18十字架(じゅうじか)の言(ことば)は、滅(ほろ)び行(い)く者(もの)には愚(おろ)かであるが、救(すくい)にあずかるわたしたちには、神(かみ)の力(ちから)である。 19すなわち、聖書(せいしょ)に、
「わたしは知者(ちしゃ)の知恵(ちえ)を滅(ほろ)ぼし、
賢(かしこ)い者(もの)の賢(かしこ)さをむなしいものにする」
と書(か)いてある。 20知者(ちしゃ)はどこにいるか。学者(がくしゃ)はどこにいるか。この世(よ)の論者(ろんしゃ)はどこにいるか。神(かみ)はこの世(よ)の知恵(ちえ)を、愚(おろ)かにされたではないか。 21この世(よ)は、自分(じぶん)の知恵(ちえ)によって神(かみ)を認(みと)めるに至(いた)らなかった。それは、神(かみ)の知恵(ちえ)にかなっている。そこで神(かみ)は、宣教(せんきょう)の愚(おろ)かさによって、信(しん)じる者(もの)を救(すく)うこととされたのである。 22ユダヤ人(じん)はしるしを請(こ)い、ギリシヤ人(じん)は知恵(ちえ)を求(もと)める。 23しかしわたしたちは、十字架(じゅうじか)につけられたキリストを宣(の)べ伝(つた)える。このキリストは、ユダヤ人(じん)にはつまずかせるもの、異邦人(いほうじん)には愚(おろ)かなものであるが、 24召(め)された者(もの)自身(じしん)にとっては、ユダヤ人(じん)にもギリシヤ人(じん)にも、神(かみ)の力(ちから)、神(かみ)の知恵(ちえ)たるキリストなのである。 25神(かみ)の愚(おろ)かさは人(ひと)よりも賢(かしこ)く、神(かみ)の弱(よわ)さは人(ひと)よりも強(つよ)いからである。

26兄弟(きょうだい)たちよ。あなたがたが召(め)された時(とき)のことを考(かんが)えてみるがよい。人間(にんげん)的(てき)には、知恵(ちえ)のある者(もの)が多(おお)くはなく、権力(けんりょく)のある者(もの)も多(おお)くはなく、身分(みぶん)の高(たか)い者(もの)も多(おお)くはいない。 27それだのに神(かみ)は、知者(ちしゃ)をはずかしめるために、この世(よ)の愚(おろ)かな者(もの)を選(えら)び、強(つよ)い者(もの)をはずかしめるために、この世(よ)の弱(よわ)い者(もの)を選(えら)び、 28有力(ゆうりょく)な者(もの)を無力(むりょく)な者(もの)にするために、この世(よ)で身分(みぶん)の低(ひく)い者(もの)や軽(かろ)んじられている者(もの)、すなわち、無(な)きに等(ひと)しい者(もの)を、あえて選(えら)ばれたのである。 29それは、どんな人間(にんげん)でも、神(かみ)のみまえに誇(ほこ)ることがないためである。 30あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神(かみ)によるのである。キリストは神(かみ)に立(た)てられて、わたしたちの知恵(ちえ)となり、義(ぎ)と聖(せい)とあがないとになられたのである。 31それは、「誇(ほこ)る者(もの)は主(しゅ)を誇(ほこ)れ」と書(か)いてあるとおりである。

第二章

1兄弟(きょうだい)たちよ。わたしもまた、あなたがたの所(ところ)に行(い)ったとき、神(かみ)のあかしを宣(の)べ伝(つた)えるのに、すぐれた言葉(ことば)や知恵(ちえ)を用(もち)いなかった。 2なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも十字架(じゅうじか)につけられたキリスト以外(いがい)のことは、あなたがたの間(あいだ)では何(なに)も知(し)るまいと、決心(けっしん)したからである。 3わたしがあなたがたの所(ところ)に行(い)った時(とき)には、弱(よわ)くかつ恐(おそ)れ、ひどく不安(ふあん)であった。 4そして、わたしの言葉(ことば)もわたしの宣教(せんきょう)も、巧(たく)みな知恵(ちえ)の言葉(ことば)によらないで、霊(れい)と力(ちから)との証明(しょうめい)によったのである。 5それは、あなたがたの信仰(しんこう)が人(ひと)の知恵(ちえ)によらないで、神(かみ)の力(ちから)によるものとなるためであった。

6しかしわたしたちは、円熟(えんじゅく)している者(もの)の間(あいだ)では、知恵(ちえ)を語(かた)る。この知恵(ちえ)は、この世(よ)の者(もの)の知恵(ちえ)ではなく、この世(よ)の滅(ほろ)び行(い)く支配者(しはいしゃ)たちの知恵(ちえ)でもない。 7むしろ、わたしたちが語(かた)るのは、隠(かく)された奥義(おくぎ)としての神(かみ)の知恵(ちえ)である。それは神(かみ)が、わたしたちの受(う)ける栄光(えいこう)のために、世(よ)の始(はじ)まらぬ先(さき)から、あらかじめ定(さだ)めておかれたものである。 8この世(よ)の支配者(しはいしゃ)たちのうちで、この知恵(ちえ)を知(し)っていた者(もの)は、ひとりもいなかった。もし知(し)っていたなら、栄光(えいこう)の主(しゅ)を十字架(じゅうじか)につけはしなかったであろう。 9しかし、聖書(せいしょ)に書(か)いてあるとおり、
「目(め)がまだ見(み)ず、耳(みみ)がまだ聞(き)かず、
人(ひと)の心(こころ)に思(おも)い浮(うか)びもしなかったことを、
神(かみ)は、ご自分(じぶん)を愛(あい)する者(もの)たちのために備(そな)えられた」
のである。 10そして、それを神(かみ)は、御霊(みたま)によってわたしたちに啓示(けいじ)して下(くだ)さったのである。御霊(みたま)はすべてのものをきわめ、神(かみ)の深(ふか)みまでもきわめるのだからである。 11いったい、人間(にんげん)の思(おも)いは、その内(うち)にある人間(にんげん)の霊(れい)以外(いがい)に、だれが知(し)っていようか。それと同(おな)じように神(かみ)の思(おも)いも、神(かみ)の御霊(みたま)以外(いがい)には、知(し)るものはない。 12ところが、わたしたちが受(う)けたのは、この世(よ)の霊(れい)ではなく、神(かみ)からの霊(れい)である。それによって、神(かみ)から賜(たま)わった恵(めぐ)みを悟(さと)るためである。 13この賜物(たまもの)について語(かた)るにも、わたしたちは人間(にんげん)の知恵(ちえ)が教(おし)える言葉(ことば)を用(もち)いないで、御霊(みたま)の教(おし)える言葉(ことば)を用(もち)い、霊(れい)によって霊(れい)のことを解釈(かいしゃく)するのである。 14生(うま)れながらの人(ひと)は、神(かみ)の御霊(みたま)の賜物(たまもの)を受(う)けいれない。それは彼(かれ)には愚(おろ)かなものだからである。また、御霊(みたま)によって判断(はんだん)されるべきであるから、彼(かれ)はそれを理解(りかい)することができない。 15しかし、霊(れい)の人(ひと)は、すべてのものを判断(はんだん)するが、自分(じぶん)自身(じしん)はだれからも判断(はんだん)されることはない。 16「だれが主(しゅ)の思(おも)いを知(し)って、彼(かれ)を教(おし)えることができようか」。しかし、わたしたちはキリストの思(おも)いを持(も)っている。

第三章

1兄弟(きょうだい)たちよ。わたしはあなたがたには、霊(れい)の人(ひと)に対(たい)するように話(はな)すことができず、むしろ、肉(にく)に属(ぞく)する者(もの)、すなわち、キリストにある幼(おさ)な子(ご)に話(はな)すように話(はな)した。 2あなたがたに乳(ちち)を飲(の)ませて、堅(かた)い食物(しょくもつ)は与(あた)えなかった。食(た)べる力(ちから)が、まだあなたがたになかったからである。今(いま)になってもその力(ちから)がない。 3あなたがたはまだ、肉(にく)の人(ひと)だからである。あなたがたの間(あいだ)に、ねたみや争(あらそ)いがあるのは、あなたがたが肉(にく)の人(ひと)であって、普通(ふつう)の人間(にんげん)のように歩(ある)いているためではないか。 4すなわち、ある人(ひと)は「わたしはパウロに」と言(い)い、ほかの人(ひと)は「わたしはアポロに」と言(い)っているようでは、あなたがたは普通(ふつう)の人間(にんげん)ではないか。 5アポロは、いったい、何者(なにもの)か。また、パウロは何者(なにもの)か。あなたがたを信仰(しんこう)に導(みちび)いた人(ひと)にすぎない。しかもそれぞれ、主(しゅ)から与(あた)えられた分(ぶん)に応(おう)じて仕(つか)えているのである。 6わたしは植(う)え、アポロは水(みず)をそそいだ。しかし成長(せいちょう)させて下(くだ)さるのは、神(かみ)である。 7だから、植(う)える者(もの)も水(みず)をそそぐ者(もの)も、ともに取(と)るに足(た)りない。大事(だいじ)なのは、成長(せいちょう)させて下(くだ)さる神(かみ)のみである。 8植(う)える者(もの)と水(みず)をそそぐ者(もの)とは一つであって、それぞれその働(はたら)きに応(おう)じて報酬(ほうしゅう)を得(え)るであろう。 9わたしたちは神(かみ)の同労者(どうろうしゃ)である。あなたがたは神(かみ)の畑(はたけ)であり、神(かみ)の建物(たてもの)である。

10神(かみ)から賜(たま)わった恵(めぐ)みによって、わたしは熟練(じゅくれん)した建築(けんちく)師(し)のように、土台(どだい)をすえた。そして他(た)の人(ひと)がその上(うえ)に家(いえ)を建(た)てるのである。しかし、どういうふうに建(た)てるか、それぞれ気(き)をつけるがよい。 11なぜなら、すでにすえられている土台(どだい)以外(いがい)のものをすえることは、だれにもできない。そして、この土台(どだい)はイエス・キリストである。 12この土台(どだい)の上(うえ)に、だれかが金(きん)、銀(ぎん)、宝石(ほうせき)、木(き)、草(くさ)、または、わらを用(もち)いて建(た)てるならば、 13それぞれの仕事(しごと)は、はっきりとわかってくる。すなわち、かの日(ひ)は火(ひ)の中(なか)に現(あらわ)れて、それを明(あき)らかにし、またその火(ひ)は、それぞれの仕事(しごと)がどんなものであるかを、ためすであろう。 14もしある人(ひと)の建(た)てた仕事(しごと)がそのまま残れば、その人(ひと)は報酬(ほうしゅう)を受(う)けるが、 15その仕事(しごと)が焼(や)けてしまえば、損失(そんしつ)を被(こうむ)るであろう。しかし彼(かれ)自身(じしん)は、火(ひ)の中(なか)をくぐってきた者(もの)のようにではあるが、救(すく)われるであろう。

16あなたがたは神(かみ)の宮(みや)であって、神(かみ)の御霊(みたま)が自分(じぶん)のうちに宿(やど)っていることを知(し)らないのか。 17もし人(ひと)が、神(かみ)の宮(みや)を破壊(はかい)するなら、神(かみ)はその人(ひと)を滅(ほろ)ぼすであろう。なぜなら、神(かみ)の宮(みや)は聖(せい)なるものであり、そして、あなたがたはその宮(みや)なのだからである。

18だれも自分(じぶん)を欺(あざむ)いてはならない。もしあなたがたのうちに、自分(じぶん)がこの世(よ)の知者(ちしゃ)だと思(おも)う人(ひと)がいるなら、その人(ひと)は知者(ちしゃ)になるために愚(おろ)かになるがよい。 19なぜなら、この世(よ)の知恵(ちえ)は、神(かみ)の前(まえ)では愚(おろ)かなものだからである。「神(かみ)は、知者(ちしゃ)たちをその悪知恵(わるぢえ)によって捕(とら)える」と書(か)いてあり、 20更(さら)にまた、「主(しゅ)は、知者(ちしゃ)たちの論議(ろんぎ)のむなしいことをご存(ぞん)じである」と書(か)いてある。 21だから、だれも人間(にんげん)を誇(ほこ)ってはいけない。すべては、あなたがたのものなのである。 22パウロも、アポロも、ケパも、世界(せかい)も、生(せい)も、死(し)も、現在(げんざい)のものも、将来(しょうらい)のものも、ことごとく、あなたがたのものである。 23そして、あなたがたはキリストのもの、キリストは神(かみ)のものである。

第四章

1このようなわけだから、人(ひと)はわたしたちを、キリストに仕(つか)える者(もの)、神(かみ)の奥義(おくぎ)を管理(かんり)している者(もの)と見(み)るがよい。 2この場合(ばあい)、管理者(かんりしゃ)に要求(ようきゅう)されているのは、忠実(ちゅうじつ)であることである。 3わたしはあなたがたにさばかれたり、人間(にんげん)の裁判(さいばん)にかけられたりしても、なんら意(い)に介(かい)しない。いや、わたしは自分(じぶん)をさばくこともしない。 4わたしは自(みずか)ら省(かえり)みて、なんらやましいことはないが、それで義(ぎ)とされているわけではない。わたしをさばくかたは、主(しゅ)である。 5だから、主(しゅ)がこられるまでは、何事(なにごと)についても、先(さき)走(ばし)りをしてさばいてはいけない。主(しゅ)は暗(くら)い中(なか)に隠(かく)れていることを明(あか)るみに出(だ)し、心(こころ)の中(なか)で企(くわだ)てられていることを、あらわにされるであろう。その時(とき)には、神(かみ)からそれぞれほまれを受(う)けるであろう。

6兄弟(きょうだい)たちよ。これらのことをわたし自身(じしん)とアポロとに当(あ)てはめて言(い)って聞(き)かせたが、それはあなたがたが、わたしたちを例(れい)にとって、「しるされている定(さだ)めを越(こ)えない」ことを学(まな)び、ひとりの人(ひと)をあがめ、ほかの人(ひと)を見(み)さげて高(たか)ぶることのないためである。 7いったい、あなたを偉(えら)くしているのは、だれなのか。あなたの持(も)っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっているなら、なぜもらっていないもののように誇(ほこ)るのか。

8あなたがたは、すでに満腹(まんぷく)しているのだ。すでに富(と)み栄(さか)えているのだ。わたしたちを差(さ)しおいて、王(おう)になっているのだ。ああ、王(おう)になっていてくれたらと思(おも)う。そうであったなら、わたしたちも、あなたがたと共(とも)に王(おう)になれたであろう。 9わたしはこう考(かんが)える。神(かみ)はわたしたち使徒(しと)を死刑囚(しけいしゅう)のように、最後(さいご)に出場(しゅつじょう)する者(もの)として引(ひ)き出(だ)し、こうしてわたしたちは、全(ぜん)世界(せかい)に、天使(てんし)にも人々(ひとびと)にも見(み)せ物(もの)にされたのだ。 10わたしたちはキリストのゆえに愚(おろ)かな者(もの)となり、あなたがたはキリストにあって賢(かしこ)い者(もの)となっている。わたしたちは弱(よわ)いが、あなたがたは強(つよ)い。あなたがたは尊(たっと)ばれ、わたしたちは卑(いや)しめられている。 11今(いま)の今(いま)まで、わたしたちは飢(う)え、かわき、裸(はだか)にされ、打(う)たれ、宿(やど)なしであり、 12苦労(くろう)して自分(じぶん)の手(て)で働(はたら)いている。はずかしめられては祝福(しゅくふく)し、迫害(はくがい)されては耐(た)え忍(しの)び、 13ののしられては優(やさ)しい言葉(ことば)をかけている。わたしたちは今(いま)に至(いた)るまで、この世(よ)のちりのように、人間(にんげん)のくずのようにされている。

14わたしがこのようなことを書(か)くのは、あなたがたをはずかしめるためではなく、むしろ、わたしの愛児(あいじ)としてさとすためである。 15たといあなたがたに、キリストにある養育掛(よういくがかり)が一万人(にん)あったとしても、父(ちち)が多(おお)くあるのではない。キリスト・イエスにあって、福音(ふくいん)によりあなたがたを生(う)んだのは、わたしなのである。 16そこで、あなたがたに勧(すす)める。わたしにならう者(もの)となりなさい。 17このことのために、わたしは主(しゅ)にあって愛(あい)する忠実(ちゅうじつ)なわたしの子(こ)テモテを、あなたがたの所(ところ)につかわした。彼(かれ)は、キリスト・イエスにおけるわたしの生活(せいかつ)のしかたを、わたしが至(いた)る所(ところ)の教会(きょうかい)で教(おし)えているとおりに、あなたがたに思(おも)い起(おこ)させてくれるであろう。 18しかしある人々(ひとびと)は、わたしがあなたがたの所(ところ)に来(く)ることはあるまいとみて、高(たか)ぶっているということである。 19しかし主(しゅ)のみこころであれば、わたしはすぐにでもあなたがたの所(ところ)に行(い)って、高(たか)ぶっている者(もの)たちの言葉(ことば)ではなく、その力(ちから)を見(み)せてもらおう。 20神(かみ)の国(くに)は言葉(ことば)ではなく、力(ちから)である。 21あなたがたは、どちらを望(のぞ)むのか。わたしがむちをもって、あなたがたの所(ところ)に行(ゆ)くことか、それとも、愛(あい)と柔和(にゅうわ)な心(こころ)とをもって行(ゆ)くことであるか。

第五章

1現(げん)に聞(き)くところによると、あなたがたの間(あいだ)に不品行(ふひんこう)な者(もの)があり、しかもその不品行(ふひんこう)は、異邦人(いほうじん)の間(あいだ)にもないほどのもので、ある人(ひと)がその父(ちち)の妻(つま)と一緒(いっしょ)に住(す)んでいるということである。 2それだのに、なお、あなたがたは高(たか)ぶっている。むしろ、そんな行(おこな)いをしている者(もの)が、あなたがたの中(なか)から除(のぞ)かれねばならないことを思(おも)って、悲(かな)しむべきではないか。 3しかし、わたし自身(じしん)としては、からだは離(はな)れていても、霊(れい)では一緒(いっしょ)にいて、その場(ば)にいる者(もの)のように、そんな行(おこな)いをした者(もの)を、すでにさばいてしまっている。 4すなわち、主(しゅ)イエスの名(な)によって、あなたがたもわたしの霊(れい)も共(とも)に、わたしたちの主(しゅ)イエスの権威(けんい)のもとに集(あつ)まって、 5彼(かれ)の肉(にく)が滅(ほろ)ぼされても、その霊(れい)が主(しゅ)のさばきの日(ひ)に救(すく)われるように、彼(かれ)をサタンに引(ひ)き渡(わた)してしまったのである。 6あなたがたが誇(ほこ)っているのは、よろしくない。あなたがたは、少(すこ)しのパン種(だね)が粉(こな)のかたまり全体(ぜんたい)をふくらませることを、知(し)らないのか。 7新(あたら)しい粉(こな)のかたまりになるために、古(ふる)いパン種(だね)を取(と)り除(のぞ)きなさい。あなたがたは、事実(じじつ)パン種(だね)のない者(もの)なのだから。わたしたちの過越(すぎこし)の小羊(こひつじ)であるキリストは、すでにほふられたのだ。 8ゆえに、わたしたちは、古(ふる)いパン種(だね)や、また悪意(あくい)と邪悪(じゃあく)とのパン種(だね)を用(もち)いずに、パン種(だね)のはいっていない純粋(じゅんすい)で真実(しんじつ)なパンをもって、祭(まつり)をしようではないか。

9わたしは前(まえ)の手紙(てがみ)で、不品行(ふひんこう)な者(もの)たちと交際(こうさい)してはいけないと書(か)いたが、 10それは、この世(よ)の不品行(ふひんこう)な者(もの)、貪欲(どんよく)な者(もの)、略奪(りゃくだつ)をする者(もの)、偶像(ぐうぞう)礼拝(れいはい)をする者(もの)などと全然(ぜんぜん)交際(こうさい)してはいけないと、言(い)ったのではない。もしそうだとしたら、あなたがたはこの世(よ)から出(で)て行(い)かねばならないことになる。 11しかし、わたしが実際(じっさい)に書(か)いたのは、兄弟(きょうだい)と呼(よ)ばれる人(ひと)で、不品行(ふひんこう)な者(もの)、貪欲(どんよく)な者(もの)、偶像(ぐうぞう)礼拝(れいはい)をする者(もの)、人(ひと)をそしる者(もの)、酒(さけ)に酔(よ)う者(もの)、略奪(りゃくだつ)をする者(もの)があれば、そんな人(ひと)と交際(こうさい)をしてはいけない、食事(しょくじ)を共(とも)にしてもいけない、ということであった。 12外(そと)の人(ひと)たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき者(もの)は、内(うち)の人(ひと)たちではないか。外(そと)の人(ひと)たちは、神(かみ)がさばくのである。 13その悪人(あくにん)を、あなたがたの中(なか)から除(のぞ)いてしまいなさい。

第六章

1あなたがたの中(なか)のひとりが、仲間(なかま)の者(もの)と何(なに)か争(あらそ)いを起(おこ)した場合(ばあい)、それを聖徒(せいと)に訴(うった)えないで、正(ただ)しくない者(もの)に訴(うった)え出(で)るようなことをするのか。 2それとも、聖徒(せいと)は世(よ)をさばくものであることを、あなたがたは知(し)らないのか。そして、世(よ)があなたがたによってさばかれるべきであるのに、きわめて小(ちい)さい事件(じけん)でもさばく力(ちから)がないのか。 3あなたがたは知(し)らないのか、わたしたちは御使(みつかい)をさえさばく者(もの)である。ましてこの世(よ)の事件(じけん)などは、いうまでもないではないか。 4それだのに、この世(よ)の事件(じけん)が起(おこ)ると、教会(きょうかい)で軽(かろ)んじられている人(ひと)たちを、裁判(さいばん)の席(せき)につかせるのか。 5わたしがこう言(い)うのは、あなたがたをはずかしめるためである。いったい、あなたがたの中(なか)には、兄弟(きょうだい)の間(あいだ)の争(あらそ)いを仲裁(ちゅうさい)することができるほどの知者(ちしゃ)は、ひとりもいないのか。 6しかるに、兄弟(きょうだい)が兄弟(きょうだい)を訴(うった)え、しかもそれを不信者(ふしんじゃ)の前(まえ)に持(も)ち出(だ)すのか。 7そもそも、互(たがい)に訴(うった)え合(あ)うこと自体(じたい)が、すでにあなたがたの敗北(はいぼく)なのだ。なぜ、むしろ不義(ふぎ)を受(う)けないのか。なぜ、むしろだまされていないのか。 8しかるに、あなたがたは不義(ふぎ)を働(はたら)き、だまし取(と)り、しかも兄弟(きょうだい)に対(たい)してそうしているのである。 9それとも、正(ただ)しくない者(もの)が神(かみ)の国(くに)をつぐことはないのを、知(し)らないのか。まちがってはいけない。不品行(ふひんこう)な者(もの)、偶像(ぐうぞう)を礼拝(れいはい)する者(もの)、姦淫(かんいん)をする者(もの)、男娼(だんしょう)となる者(もの)、男色(なんしょく)をする者(もの)、盗(ぬす)む者(もの)、 10貪欲(どんよく)な者(もの)、酒(さけ)に酔(よ)う者(もの)、そしる者(もの)、略奪(りゃくだつ)する者(もの)は、いずれも神(かみ)の国(くに)をつぐことはないのである。 11あなたがたの中(なか)には、以前(いぜん)はそんな人(ひと)もいた。しかし、あなたがたは、主(しゅ)イエス・キリストの名(な)によって、またわたしたちの神(かみ)の霊(れい)によって、洗(あら)われ、きよめられ、義(ぎ)とされたのである。

12すべてのことは、わたしに許(ゆる)されている。しかし、すべてのことが益(えき)になるわけではない。すべてのことは、わたしに許(ゆる)されている。しかし、わたしは何(なに)ものにも支配(しはい)されることはない。 13食物(しょくもつ)は腹(はら)のため、腹(はら)は食物(しょくもつ)のためである。しかし神(かみ)は、それもこれも滅(ほろ)ぼすであろう。からだは不品行(ふひんこう)のためではなく、主(しゅ)のためであり、主(しゅ)はからだのためである。 14そして、神(かみ)は主(しゅ)をよみがえらせたが、その力(ちから)で、わたしたちをもよみがえらせて下(くだ)さるであろう。 15あなたがたは自分(じぶん)のからだがキリストの肢体(したい)であることを、知(し)らないのか。それだのに、キリストの肢体(したい)を取(と)って遊女(ゆうじょ)の肢体(したい)としてよいのか。断(だん)じていけない。 16それとも、遊女(ゆうじょ)につく者(もの)はそれと一つのからだになることを、知(し)らないのか。「ふたりの者(もの)は一体(いったい)となるべきである」とあるからである。 17しかし主(しゅ)につく者(もの)は、主(しゅ)と一つの霊(れい)になるのである。 18不品行(ふひんこう)を避(さ)けなさい。人(ひと)の犯(おか)すすべての罪(つみ)は、からだの外(そと)にある。しかし不品行(ふひんこう)をする者(もの)は、自分(じぶん)のからだに対(たい)して罪(つみ)を犯(おか)すのである。 19あなたがたは知(し)らないのか。自分(じぶん)のからだは、神(かみ)から受(う)けて自分(じぶん)の内(うち)に宿(やど)っている聖霊(せいれい)の宮(みや)であって、あなたがたは、もはや自分(じぶん)自身(じしん)のものではないのである。 20あなたがたは、代価(だいか)を払(はら)って買(か)いとられたのだ。それだから、自分(じぶん)のからだをもって、神(かみ)の栄光(えいこう)をあらわしなさい。

第七章

1さて、あなたがたが書(か)いてよこした事(こと)について答(こた)えると、男子(だんし)は婦人(ふじん)にふれないがよい。 2しかし、不品行(ふひんこう)に陥(おちい)ることのないために、男子(だんし)はそれぞれ自分(じぶん)の妻(つま)を持(も)ち、婦人(ふじん)もそれぞれ自分(じぶん)の夫(おっと)を持(も)つがよい。 3夫(おっと)は妻(つま)にその分(ぶん)を果(はた)し、妻(つま)も同様(どうよう)に夫(おっと)にその分(ぶん)を果(はた)すべきである。 4妻(つま)は自分(じぶん)のからだを自由(じゆう)にすることはできない。それができるのは夫(おっと)である。夫(おっと)も同様(どうよう)に自分(じぶん)のからだを自由(じゆう)にすることはできない。それができるのは妻(つま)である。 5互(たがい)に拒(こば)んではいけない。ただし、合意(ごうい)の上(うえ)で祈(いのり)に専心(せんしん)するために、しばらく相別(あいわか)れ、それからまた一緒(いっしょ)になることは、さしつかえない。そうでないと、自制力(じせいりょく)のないのに乗(じょう)じて、サタンがあなたがたを誘惑(ゆうわく)するかも知(し)れない。 6以上(いじょう)のことは、譲歩(じょうほ)のつもりで言(い)うのであって、命令(めいれい)するのではない。 7わたしとしては、みんなの者(もの)がわたし自身(じしん)のようになってほしい。しかし、ひとりびとり神(かみ)からそれぞれの賜物(たまもの)をいただいていて、ある人(ひと)はこうしており、他(た)の人(ひと)はそうしている。

8次(つぎ)に、未婚者(みこんしゃ)たちとやもめたちとに言(い)うが、わたしのように、ひとりでおれば、それがいちばんよい。 9しかし、もし自(じ)制(せい)することができないなら、結婚(けっこん)するがよい。情(じょう)の燃(も)えるよりは、結婚(けっこん)する方(ほう)が、よいからである。 10更(さら)に、結婚(けっこん)している者(もの)たちに命(めい)じる。命(めい)じるのは、わたしではなく主(しゅ)であるが、妻(つま)は夫(おっと)から別(わか)れてはいけない。 11(しかし、万一(まんいち)別(わか)れているなら、結婚(けっこん)しないでいるか、それとも夫(おっと)と和解(わかい)するかしなさい)。また夫(おっと)も妻(つま)と離婚(りこん)してはならない。 12そのほかの人々(ひとびと)に言(い)う。これを言(い)うのは、主(しゅ)ではなく、わたしである。ある兄弟(きょうだい)に不信者(ふしんじゃ)の妻(つま)があり、そして共(とも)にいることを喜(よろこ)んでいる場合(ばあい)には、離婚(りこん)してはいけない。 13また、ある婦人(ふじん)の夫(おっと)が不信者(ふしんじゃ)であり、そして共(とも)にいることを喜(よろこ)んでいる場合(ばあい)には、離婚(りこん)してはいけない。 14なぜなら、不信者(ふしんじゃ)の夫(おっと)は妻(つま)によってきよめられており、また、不信者(ふしんじゃ)の妻(つま)も夫(おっと)によってきよめられているからである。もしそうでなければ、あなたがたの子(こ)は汚(けが)れていることになるが、実際(じっさい)はきよいではないか。 15しかし、もし不信者(ふしんじゃ)の方(ほう)が離(はな)れて行(い)くのなら、離(はな)れるままにしておくがよい。兄弟(きょうだい)も姉妹(しまい)も、こうした場合(ばあい)には、束縛(そくばく)されてはいない。神(かみ)は、あなたがたを平和(へいわ)に暮(くら)させるために、召(め)されたのである。 16なぜなら、妻(つま)よ、あなたが夫(おっと)を救(すく)いうるかどうか、どうしてわかるか。また、夫(おっと)よ、あなたも妻(つま)を救(すく)いうるかどうか、どうしてわかるか。

17ただ、各自(かくじ)は、主(しゅ)から賜(たま)わった分(ぶん)に応(おう)じ、また神(かみ)に召(め)されたままの状態(じょうたい)にしたがって、歩(あゆ)むべきである。これが、すべての教会(きょうかい)に対(たい)してわたしの命(めい)じるところである。 18召(め)されたとき割礼(かつれい)を受(う)けていたら、その跡(あと)をなくそうとしないがよい。また、召(め)されたとき割礼(かつれい)を受(う)けていなかったら、割礼(かつれい)を受(う)けようとしないがよい。 19割礼(かつれい)があってもなくても、それは問題(もんだい)ではない。大事(だいじ)なのは、ただ神(かみ)の戒(いまし)めを守(まも)ることである。 20各自(かくじ)は、召(め)されたままの状態(じょうたい)にとどまっているべきである。 21召(め)されたとき奴隷(どれい)であっても、それを気(き)にしないがよい。しかし、もし自由(じゆう)の身(み)になりうるなら、むしろ自由(じゆう)になりなさい。 22主(しゅ)にあって召(め)された奴隷(どれい)は、主(しゅ)によって自由人(じゆうじん)とされた者(もの)であり、また、召(め)された自由人(じゆうじん)はキリストの奴隷(どれい)なのである。 23あなたがたは、代価(だいか)を払(はら)って買(か)いとられたのだ。人(ひと)の奴隷(どれい)となってはいけない。 24兄弟(きょうだい)たちよ。各自(かくじ)は、その召(め)されたままの状態(じょうたい)で、神(かみ)のみまえにいるべきである。

25おとめのことについては、わたしは主(しゅ)の命令(めいれい)を受(う)けてはいないが、主(しゅ)のあわれみにより信(しん)任(にん)を受(う)けている者(もの)として、意見(いけん)を述(の)べよう。 26わたしはこう考(かんが)える。現在(げんざい)迫(せま)っている危機(きき)のゆえに、人(ひと)は現状(げんじょう)にとどまっているがよい。 27もし妻(つま)に結(むす)ばれているなら、解(と)こうとするな。妻(つま)に結(むす)ばれていないなら、妻(つま)を迎(むか)えようとするな。 28しかし、たとい結婚(けっこん)しても、罪(つみ)を犯(おか)すのではない。また、おとめが結婚(けっこん)しても、罪(つみ)を犯(おか)すのではない。ただ、それらの人々(ひとびと)はその身(み)に苦難(くなん)を受(う)けるであろう。わたしは、あなたがたを、それからのがれさせたいのだ。 29兄弟(きょうだい)たちよ。わたしの言(い)うことを聞(き)いてほしい。時(とき)は縮(ちぢ)まっている。今(いま)からは妻(つま)のある者(もの)はないもののように、 30泣(な)く者(もの)は泣(な)かないもののように、喜(よろこ)ぶ者(もの)は喜(よろこ)ばないもののように、買(か)う者(もの)は持(も)たないもののように、 31世(よ)と交渉(こうしょう)のある者(もの)は、それに深(ふか)入(い)りしないようにすべきである。なぜなら、この世(よ)の有様(ありさま)は過(す)ぎ去(さ)るからである。 32わたしはあなたがたが、思(おも)い煩(わずら)わないようにしていてほしい。未婚(みこん)の男子(だんし)は主(しゅ)のことに心(こころ)をくばって、どうかして主(しゅ)を喜(よろこ)ばせようとするが、 33結婚(けっこん)している男子(だんし)はこの世(よ)のことに心(こころ)をくばって、どうかして妻(つま)を喜(よろこ)ばせようとして、その心(こころ)が分(わか)れるのである。 34未婚(みこん)の婦人(ふじん)とおとめとは、主(しゅ)のことに心(こころ)をくばって、身(み)も魂(たましい)もきよくなろうとするが、結婚(けっこん)した婦人(ふじん)はこの世(よ)のことに心(こころ)をくばって、どうかして夫(おっと)を喜(よろこ)ばせようとする。 35わたしがこう言(い)うのは、あなたがたの利益(りえき)になると思(おも)うからであって、あなたがたを束縛(そくばく)するためではない。そうではなく、正(ただ)しい生活(せいかつ)を送(おく)って、余念(よねん)なく主(しゅ)に奉仕(ほうし)させたいからである。

36もしある人(ひと)が、相手(あいて)のおとめに対(たい)して、情(じょう)熱(ねつ)をいだくようになった場合(ばあい)、それは適当(てきとう)でないと思(おも)いつつも、やむを得(え)なければ、望(のぞ)みどおりにしてもよい。それは罪(つみ)を犯(おか)すことではない。ふたりは結婚(けっこん)するがよい。 37しかし、彼(かれ)が心(こころ)の内(うち)で堅(かた)く決心(けっしん)していて、無理(むり)をしないで自分(じぶん)の思(おも)いを制(せい)することができ、その上(うえ)で、相手(あいて)のおとめをそのままにしておこうと、心(こころ)の中(なか)で決(き)めたなら、そうしてもよい。 38だから、相手(あいて)のおとめと結婚(けっこん)することはさしつかえないが、結婚(けっこん)しない方(ほう)がもっとよい。 39妻(つま)は夫(おっと)が生(い)きている間(あいだ)は、その夫(おっと)につながれている。夫(おっと)が死(し)ねば、望(のぞ)む人(ひと)と結婚(けっこん)してもさしつかえないが、それは主(しゅ)にある者(もの)とに限(かぎ)る。 40しかし、わたしの意見(いけん)では、そのままでいたなら、もっと幸福(こうふく)である。わたしも神(かみ)の霊(れい)を受(う)けていると思(おも)う。

第八章

1偶像(ぐうぞう)への供(そな)え物(もの)について答(こた)えると、「わたしたちはみな知識(ちしき)を持(も)っている」ことは、わかっている。しかし、知識(ちしき)は人(ひと)を誇(ほこ)らせ、愛(あい)は人(ひと)の徳(とく)を高(たか)める。 2もし人(ひと)が、自分(じぶん)は何(なに)か知(し)っていると思(おも)うなら、その人(ひと)は、知(し)らなければならないほどの事(こと)すら、まだ知(し)っていない。 3しかし、人(ひと)が神(かみ)を愛(あい)するなら、その人(ひと)は神(かみ)に知(し)られているのである。 4さて、偶像(ぐうぞう)への供(そな)え物(もの)を食(た)べることについては、わたしたちは、偶像(ぐうぞう)なるものは実際(じっさい)は世(よ)に存在(そんざい)しないこと、また、唯一(ゆいいつ)の神(かみ)のほかには神(かみ)がないことを、知(し)っている。 5というのは、たとい神々(かみがみ)といわれるものが、あるいは天(てん)に、あるいは地(ち)にあるとしても、そして、多(おお)くの神(かみ)、多(おお)くの主(しゅ)があるようではあるが、 6わたしたちには、父(ちち)なる唯一(ゆいいつ)の神(かみ)のみがいますのである。万物(ばんぶつ)はこの神(かみ)から出(で)て、わたしたちもこの神(かみ)に帰(き)する。また、唯一(ゆいいつ)の主(しゅ)イエス・キリストのみがいますのである。万物(ばんぶつ)はこの主(しゅ)により、わたしたちもこの主(しゅ)によっている。 7しかし、この知識(ちしき)をすべての人(ひと)が持(も)っているのではない。ある人々(ひとびと)は、偶像(ぐうぞう)についての、これまでの習慣上(しゅうかんじょう)、偶像(ぐうぞう)への供(そな)え物(もの)として、それを食(た)べるが、彼(かれ)らの良心(りょうしん)が、弱(よわ)いために汚(けが)されるのである。 8食物(しょくもつ)は、わたしたちを神(かみ)に導(みちび)くものではない。食(た)べなくても損(そん)はないし、食(た)べても益(えき)にはならない。 9しかし、あなたがたのこの自由(じゆう)が、弱(よわ)い者(もの)たちのつまずきにならないように、気(き)をつけなさい。 10なぜなら、ある人(ひと)が、知識(ちしき)のあるあなたが偶像(ぐうぞう)の宮(みや)で食事(しょくじ)をしているのを見(み)た場合(ばあい)、その人(ひと)の良心(りょうしん)が弱(よわ)いため、それに「教育(きょういく)されて」、偶像(ぐうぞう)への供(そな)え物(もの)を食(た)べるようにならないだろうか。 11するとその弱(よわ)い人(ひと)は、あなたの知識(ちしき)によって滅(ほろ)びることになる。この弱(よわ)い兄弟(きょうだい)のためにも、キリストは死(し)なれたのである。 12このようにあなたがたが、兄弟(きょうだい)たちに対(たい)して罪(つみ)を犯(おか)し、その弱(よわ)い良心(りょうしん)を痛(いた)めるのは、キリストに対(たい)して罪(つみ)を犯(おか)すことなのである。 13だから、もし食物(しょくもつ)がわたしの兄弟(きょうだい)をつまずかせるなら、兄弟(きょうだい)をつまずかせないために、わたしは永久(えいきゅう)に、断(だん)じて肉(にく)を食(た)べることはしない。

第九章

1わたしは自由(じゆう)な者(もの)ではないか。使徒(しと)ではないか。わたしたちの主(しゅ)イエスを見(み)たではないか。あなたがたは、主(しゅ)にあるわたしの働(はたら)きの実(み)ではないか。 2わたしは、ほかの人(ひと)に対(たい)しては使徒(しと)でないとしても、あなたがたには使徒(しと)である。あなたがたが主(しゅ)にあることは、わたしの使徒(しと)職(しょく)の印(しるし)なのである。 3わたしの批判者(ひはんしゃ)たちに対(たい)する弁明(べんめい)は、これである。 4わたしたちには、飲(の)み食(く)いをする権利(けんり)がないのか。 5わたしたちには、ほかの使徒(しと)たちや主(しゅ)の兄弟(きょうだい)たちやケパのように、信者(しんじゃ)である妻(つま)を連(つ)れて歩(ある)く権利(けんり)がないのか。 6それとも、わたしとバルナバとだけには、労働(ろうどう)をせずにいる権利(けんり)がないのか。 7いったい、自分(じぶん)で費用(ひよう)を出(だ)して軍隊(ぐんたい)に加(くわ)わる者(もの)があろうか。ぶどう畑(はたけ)を作(つく)っていて、その実(み)を食(た)べない者(もの)があろうか。また、羊(ひつじ)を飼(か)っていて、その乳(ちち)を飲(の)まない者(もの)があろうか。 8わたしは、人間(にんげん)の考(かんが)えでこう言(い)うのではない。律法(りっぽう)もまた、そのように言(い)っているではないか。 9すなわち、モーセの律法(りっぽう)に、「穀物(こくもつ)をこなしている牛(うし)に、くつこをかけてはならない」と書(か)いてある。神(かみ)は、牛(うし)のことを心(こころ)にかけておられるのだろうか。 10それとも、もっぱら、わたしたちのために言(い)っておられるのか。もちろん、それはわたしたちのためにしるされたのである。すなわち、耕(たがや)す者(もの)は望(のぞ)みをもって耕(たがや)し、穀物(こくもつ)をこなす者(もの)は、その分(わ)け前(まえ)をもらう望(のぞ)みをもってこなすのである。 11もしわたしたちが、あなたがたのために霊(れい)のものをまいたのなら、肉(にく)のものをあなたがたから刈(か)りとるのは、行(ゆ)き過(す)ぎだろうか。 12もしほかの人々(ひとびと)が、あなたがたに対(たい)するこの権利(けんり)にあずかっているとすれば、わたしたちはなおさらのことではないか。しかしわたしたちは、この権利(けんり)を利(り)用(よう)せず、かえってキリストの福音(ふくいん)の妨(さまた)げにならないようにと、すべてのことを忍(しの)んでいる。 13あなたがたは、宮仕(みやづか)えをしている人(ひと)たちは宮(みや)から下(さ)がる物(もの)を食(た)べ、祭壇(さいだん)に奉仕(ほうし)している人(ひと)たちは祭壇(さいだん)の供(そな)え物(もの)の分(わ)け前(まえ)にあずかることを、知(し)らないのか。 14それと同様(どうよう)に、主(しゅ)は、福音(ふくいん)を宣(の)べ伝(つた)えている者(もの)たちが福音(ふくいん)によって生活(せいかつ)すべきことを、定(さだ)められたのである。

15しかしわたしは、これらの権利(けんり)を一つも利(り)用(よう)しなかった。また、自分(じぶん)がそうしてもらいたいから、このように書(か)くのではない。そうされるよりは、死(し)ぬ方(ほう)がましである。わたしのこの誇(ほこり)は、何者(なにもの)にも奪(うば)い去(さ)られてはならないのだ。 16わたしが福音(ふくいん)を宣(の)べ伝(つた)えても、それは誇(ほこり)にはならない。なぜなら、わたしは、そうせずにはおれないからである。もし福音(ふくいん)を宣(の)べ伝(つた)えないなら、わたしはわざわいである。 17進(すす)んでそれをすれば、報酬(ほうしゅう)を受(う)けるであろう。しかし、進(すす)んでしないとしても、それは、わたしにゆだねられた務(つとめ)なのである。 18それでは、その報酬(ほうしゅう)はなんであるか。福音(ふくいん)を宣(の)べ伝(つた)えるのにそれを無(む)代価(だいか)で提供(ていきょう)し、わたしが宣教者(せんきょうしゃ)として持(も)つ権利(けんり)を利(り)用(よう)しないことである。

19わたしは、すべての人(ひと)に対(たい)して自由(じゆう)であるが、できるだけ多(おお)くの人(ひと)を得(え)るために、自(みずか)ら進(すす)んですべての人(ひと)の奴隷(どれい)になった。 20ユダヤ人(じん)には、ユダヤ人(じん)のようになった。ユダヤ人(じん)を得(え)るためである。律法(りっぽう)の下(もと)にある人(ひと)には、わたし自身(じしん)は律法(りっぽう)の下(もと)にはないが、律法(りっぽう)の下(もと)にある者(もの)のようになった。律法(りっぽう)の下(もと)にある人(ひと)を得(え)るためである。 21律法(りっぽう)のない人(ひと)には――わたしは神(かみ)の律法(りっぽう)の外(そと)にあるのではなく、キリストの律法(りっぽう)の中(なか)にあるのだが――律法(りっぽう)のない人(ひと)のようになった。律法(りっぽう)のない人(ひと)を得(え)るためである。 22弱(よわ)い人(ひと)には弱(よわ)い者(もの)になった。弱(よわ)い人(ひと)を得(え)るためである。すべての人(ひと)に対(たい)しては、すべての人(ひと)のようになった。なんとかして幾人(いくにん)かを救(すく)うためである。 23福音(ふくいん)のために、わたしはどんな事(こと)でもする。わたしも共(とも)に福音(ふくいん)にあずかるためである。

24あなたがたは知(し)らないのか。競技場(きょうぎじょう)で走(はし)る者(もの)は、みな走(はし)りはするが、賞(しょう)を得(え)る者(もの)はひとりだけである。あなたがたも、賞(しょう)を得(え)るように走(はし)りなさい。 25しかし、すべて競技(きょうぎ)をする者(もの)は、何(なに)ごとにも節制(せっせい)をする。彼(かれ)らは朽(く)ちる冠(かんむり)を得(え)るためにそうするが、わたしたちは朽(く)ちない冠(かんむり)を得(え)るためにそうするのである。 26そこで、わたしは目標(もくひょう)のはっきりしないような走(はし)り方(かた)をせず、空(くう)を打(う)つような拳闘(けんとう)はしない。 27すなわち、自分(じぶん)のからだを打(う)ちたたいて服従(ふくじゅう)させるのである。そうしないと、ほかの人(ひと)に宣(の)べ伝(つた)えておきながら、自分(じぶん)は失格者(しっかくしゃ)になるかも知(し)れない。

第一〇章

1兄弟(きょうだい)たちよ。このことを知(し)らずにいてもらいたくない。わたしたちの先祖(せんぞ)はみな雲(くも)の下(した)におり、みな海(うみ)を通(とお)り、 2みな雲(くも)の中(なか)、海(うみ)の中(なか)で、モーセにつくバプテスマを受(う)けた。 3また、みな同(おな)じ霊(れい)の食物(しょくもつ)を食(た)べ、 4みな同(おな)じ霊(れい)の飲(の)み物(もの)を飲(の)んだ。すなわち、彼(かれ)らについてきた霊(れい)の岩(いわ)から飲(の)んだのであるが、この岩(いわ)はキリストにほかならない。 5しかし、彼(かれ)らの中(なか)の大多数(だいたすう)は、神(かみ)のみこころにかなわなかったので、荒野(あらの)で滅(ほろ)ぼされてしまった。

6これらの出来事(できごと)は、わたしたちに対(たい)する警告(けいこく)であって、彼(かれ)らが悪(あく)をむさぼったように、わたしたちも悪(あく)をむさぼることのないためなのである。 7だから、彼(かれ)らの中(なか)のある者(もの)たちのように、偶像(ぐうぞう)礼拝者(れいはいしゃ)になってはならない。すなわち、「民(たみ)は座(ざ)して飲(の)み食(く)いをし、また立(た)って踊(おど)り戯(たわむ)れた」と書(か)いてある。 8また、ある者(もの)たちがしたように、わたしたちは不品行(ふひんこう)をしてはならない。不品行(ふひんこう)をしたため倒(たお)された者(もの)が、一日(にち)に二万三千人(にん)もあった。 9また、ある者(もの)たちがしたように、わたしたちは主(しゅ)を試(こころ)みてはならない。主(しゅ)を試(こころ)みた者(もの)は、へびに殺(ころ)された。 10また、ある者(もの)たちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた者(もの)は、「死(し)の使(つかい)」に滅(ほろ)ぼされた。 11これらの事(こと)が彼(かれ)らに起(おこ)ったのは、他(ほか)に対(たい)する警告(けいこく)としてであって、それが書(か)かれたのは、世(よ)の終(おわ)りに臨(のぞ)んでいるわたしたちに対(たい)する訓戒(くんかい)のためである。 12だから、立(た)っていると思(おも)う者(もの)は、倒(たお)れないように気(き)をつけるがよい。 13あなたがたの会(あ)った試錬(しれん)で、世(よ)の常(つね)でないものはない。神(かみ)は真実(しんじつ)である。あなたがたを耐(た)えられないような試錬(しれん)に会(あ)わせることはないばかりか、試錬(しれん)と同時(どうじ)に、それに耐(た)えられるように、のがれる道(みち)も備(そな)えて下(くだ)さるのである。

14それだから、愛(あい)する者(もの)たちよ。偶像(ぐうぞう)礼拝(れいはい)を避(さ)けなさい。 15賢明(けんめい)なあなたがたに訴(うった)える。わたしの言(い)うことを、自(みずか)ら判断(はんだん)してみるがよい。 16わたしたちが祝福(しゅくふく)する祝福(しゅくふく)の杯(さかずき)、それはキリストの血(ち)にあずかることではないか。わたしたちがさくパン、それはキリストのからだにあずかることではないか。 17パンが一つであるから、わたしたちは多(おお)くいても、一つのからだなのである。みんなの者(もの)が一つのパンを共(とも)にいただくからである。 18肉(にく)によるイスラエルを見(み)るがよい。供(そな)え物(もの)を食(た)べる人(ひと)たちは、祭壇(さいだん)にあずかるのではないか。 19すると、なんと言(い)ったらよいか。偶像(ぐうぞう)にささげる供(そな)え物(もの)は、何(なに)か意味(いみ)があるのか。また、偶像(ぐうぞう)は何(なに)かほんとうにあるものか。 20そうではない。人々(ひとびと)が供(そな)える物(もの)は、悪霊(あくれい)ども、すなわち、神(かみ)ならぬ者(もの)に供(そな)えるのである。わたしは、あなたがたが悪霊(あくれい)の仲間(なかま)になることを望(のぞ)まない。 21主(しゅ)の杯(さかずき)と悪霊(あくれい)どもの杯(さかずき)とを、同時(どうじ)に飲(の)むことはできない。主(しゅ)の食卓(しょくたく)と悪霊(あくれい)どもの食卓(しょくたく)とに、同時(どうじ)にあずかることはできない。 22それとも、わたしたちは主(しゅ)のねたみを起(おこし)そうとするのか。わたしたちは、主(しゅ)よりも強(つよ)いのだろうか。

23すべてのことは許(ゆる)されている。しかし、すべてのことが益(えき)になるわけではない。すべてのことは許(ゆる)されている。しかし、すべてのことが人(ひと)の徳(とく)を高(たか)めるのではない。 24だれでも、自分(じぶん)の益(えき)を求(もと)めないで、ほかの人(ひと)の益(えき)を求(もと)めるべきである。 25すべて市場(いちば)で売(う)られている物(もの)は、いちいち良心(りょうしん)に問(と)うことをしないで、食(た)べるがよい。 26地(ち)とそれに満(み)ちている物(もの)とは、主(しゅ)のものだからである。 27もしあなたがたが、不信者(ふしんじゃ)のだれかに招(まね)かれて、そこに行(い)こうと思(おも)う場合(ばあい)、自分(じぶん)の前(まえ)に出(だ)される物(もの)はなんでも、いちいち良心(りょうしん)に問(と)うことをしないで、食(た)べるがよい。 28しかし、だれかがあなたがたに、これはささげ物(もの)の肉(にく)だと言(い)ったなら、それを知(し)らせてくれた人(ひと)のために、また良心(りょうしん)のために、食(た)べないがよい。 29良心(りょうしん)と言(い)ったのは、自分(じぶん)の良心(りょうしん)ではなく、他人(たにん)の良心(りょうしん)のことである。なぜなら、わたしの自由(じゆう)が、どうして他人(たにん)の良心(りょうしん)によって左右(さゆう)されることがあろうか。 30もしわたしが感謝(かんしゃ)して食(た)べる場合(ばあい)、その感謝(かんしゃ)する物(もの)について、どうして人(ひと)のそしりを受(う)けるわけがあろうか。 31だから、飲(の)むにも食(た)べるにも、また何事(なにごと)をするにも、すべて神(かみ)の栄光(えいこう)のためにすべきである。 32ユダヤ人(じん)にもギリシヤ人(じん)にも神(かみ)の教会(きょうかい)にも、つまずきになってはいけない。 33わたしもまた、何事(なにごと)にもすべての人(ひと)に喜(よろこ)ばれるように努(つと)め、多(おお)くの人(ひと)が救(すく)われるために、自分(じぶん)の益(えき)ではなく彼(かれ)らの益(えき)を求(もと)めている。

第一一章

1わたしがキリストにならう者(もの)であるように、あなたがたもわたしにならう者(もの)になりなさい。

2あなたがたが、何(なに)かにつけわたしを覚(おぼ)えていて、あなたがたに伝(つた)えたとおりに言伝(いいつた)えを守(まも)っているので、わたしは満足(まんぞく)に思(おも)う。 3しかし、あなたがたに知(し)っていてもらいたい。すべての男(おとこ)のかしらはキリストであり、女(おんな)のかしらは男(おとこ)であり、キリストのかしらは神(かみ)である。 4祈(いのり)をしたり預言(よげん)をしたりする時(とき)、かしらに物(もの)をかぶる男(おとこ)は、そのかしらをはずかしめる者(もの)である。 5祈(いのり)をしたり預言(よげん)をしたりする時(とき)、かしらにおおいをかけない女(おんな)は、そのかしらをはずかしめる者(もの)である。それは、髪(かみ)をそったのとまったく同(おな)じだからである。 6もし女(おんな)がおおいをかけないなら、髪(かみ)を切(き)ってしまうがよい。髪(かみ)を切(き)ったりそったりするのが、女(おんな)にとって恥(は)ずべきことであるなら、おおいをかけるべきである。 7男(おとこ)は、神(かみ)のかたちであり栄光(えいこう)であるから、かしらに物(もの)をかぶるべきではない。女(おんな)は、また男(おとこ)の光栄(こうえい)である。 8なぜなら、男(おとこ)が女(おんな)から出(で)たのではなく、女(おんな)が男(おとこ)から出(で)たのだからである。 9また、男(おとこ)は女(おんな)のために造(つく)られたのではなく、女(おんな)が男(おとこ)のために造(つく)られたのである。 10それだから、女(おんな)は、かしらに権威(けんい)のしるしをかぶるべきである。それは天使(てんし)たちのためでもある。 11ただ、主(しゅ)にあっては、男(おとこ)なしには女(おんな)はないし、女(おんな)なしには男(おとこ)はない。 12それは、女(おんな)が男(おとこ)から出(で)たように、男(おとこ)もまた女(おんな)から生(うま)れたからである。そして、すべてのものは神(かみ)から出(で)たのである。 13あなたがた自身(じしん)で判断(はんだん)してみるがよい。女(おんな)がおおいをかけずに神(かみ)に祈(いの)るのは、ふさわしいことだろうか。 14自然(しぜん)そのものが教(おし)えているではないか。男(おとこ)に長(なが)い髪(かみ)があれば彼(かれ)の恥(はじ)になり、 15女(おんな)に長(なが)い髪(かみ)があれば彼女(かのじょ)の光栄(こうえい)になるのである。長(なが)い髪(かみ)はおおいの代(かわ)りに女(おんな)に与(あた)えられているものだからである。 16しかし、だれかがそれに反対(はんたい)の意見(いけん)を持(も)っていても、そんな風習(ふうしゅう)はわたしたちにはなく、神(かみ)の諸(しょ)教会(きょうかい)にもない。

17ところで、次(つぎ)のことを命(めい)じるについては、あなたがたをほめるわけにはいかない。というのは、あなたがたの集(あつ)まりが利益(りえき)にならないで、かえって損失(そんしつ)になっているからである。 18まず、あなたがたが教会(きょうかい)に集(あつ)まる時(とき)、お互(たがい)の間(あいだ)に分争(ぶんそう)があることを、わたしは耳(みみ)にしており、そしていくぶんか、それを信(しん)じている。 19たしかに、あなたがたの中(なか)でほんとうの者(もの)が明(あき)らかにされるためには、分派(ぶんぱ)もなければなるまい。 20そこで、あなたがたが一緒(いっしょ)に集(あつ)まるとき、主(しゅ)の晩餐(ばんさん)を守(まも)ることができないでいる。 21というのは、食事(しょくじ)の際(さい)、各自(かくじ)が自分(じぶん)の晩餐(ばんさん)をかってに先(さき)に食(た)べるので、飢(う)えている人(ひと)があるかと思(おも)えば、酔(よ)っている人(ひと)がある始末(しまつ)である。 22あなたがたには、飲(の)み食(く)いをする家(いえ)がないのか。それとも、神(かみ)の教会(きょうかい)を軽(かろ)んじ、貧(まず)しい人々(ひとびと)をはずかしめるのか。わたしはあなたがたに対(たい)して、なんと言(い)おうか。あなたがたを、ほめようか。この事(こと)では、ほめるわけにはいかない。 23わたしは、主(しゅ)から受(う)けたことを、また、あなたがたに伝(つた)えたのである。すなわち、主(しゅ)イエスは、渡(わた)される夜(よ)、パンをとり、 24感謝(かんしゃ)してこれをさき、そして言(い)われた、「これはあなたがたのための、わたしのからだである。わたしを記念(きねん)するため、このように行(おこな)いなさい」。 25食事(しょくじ)ののち、杯(さかずき)をも同(おな)じようにして言(い)われた、「この杯(さかずき)は、わたしの血(ち)による新(あたら)しい契約(けいやく)である。飲(の)むたびに、わたしの記念(きねん)として、このように行(おこな)いなさい」。 26だから、あなたがたは、このパンを食(しょく)し、この杯(さかずき)を飲(の)むごとに、それによって、主(しゅ)がこられる時(とき)に至(いた)るまで、主(しゅ)の死(し)を告(つ)げ知(し)らせるのである。 27だから、ふさわしくないままでパンを食(しょく)し主(しゅ)の杯(さかずき)を飲(の)む者(もの)は、主(しゅ)のからだと血(ち)とを犯(おか)すのである。 28だれでもまず自分(じぶん)を吟味(ぎんみ)し、それからパンを食(た)べ杯(さかずき)を飲(の)むべきである。 29主(しゅ)のからだをわきまえないで飲(の)み食(く)いする者(もの)は、その飲(の)み食(く)いによって自分(じぶん)にさばきを招(まね)くからである。 30あなたがたの中(なか)に、弱(よわ)い者(もの)や病人(びょうにん)が大(おお)ぜいおり、また眠(ねむ)った者(もの)も少(すく)なくないのは、そのためである。 31しかし、自分(じぶん)をよくわきまえておくならば、わたしたちはさばかれることはないであろう。 32しかし、さばかれるとすれば、それは、この世(よ)と共(とも)に罪(つみ)に定(さだ)められないために、主(しゅ)の懲(こ)らしめを受(う)けることなのである。 33それだから、兄弟(きょうだい)たちよ。食事(しょくじ)のために集(あつ)まる時(とき)には、互(たがい)に待(ま)ち合(あ)わせなさい。 34もし空腹(くうふく)であったら、さばきを受(う)けに集(あつ)まることにならないため、家(いえ)で食(た)べるがよい。そのほかの事(こと)は、わたしが行(い)った時(とき)に、定(さだ)めることにしよう。

第一二章

1兄弟(きょうだい)たちよ。霊(れい)の賜物(たまもの)については、次(つぎ)のことを知(し)らずにいてもらいたくない。 2あなたがたがまだ異邦人(いほうじん)であった時(とき)、誘(さそ)われるまま、物(もの)の言(い)えない偶像(ぐうぞう)のところに引(ひ)かれて行(い)ったことは、あなたがたの承知(しょうち)しているとおりである。 3そこで、あなたがたに言(い)っておくが、神(かみ)の霊(れい)によって語(かた)る者(もの)はだれも「イエスはのろわれよ」とは言(い)わないし、また、聖霊(せいれい)によらなければ、だれも「イエスは主(しゅ)である」と言(い)うことができない。

4霊(れい)の賜物(たまもの)は種々(しゅじゅ)あるが、御霊(みたま)は同(おな)じである。 5務(つとめ)は種々(しゅじゅ)あるが、主(しゅ)は同(おな)じである。 6働(はたら)きは種々(しゅじゅ)あるが、すべてのものの中(なか)に働(はたら)いてすべてのことをなさる神(かみ)は、同(おな)じである。 7各自(かくじ)が御霊(みたま)の現(あらわ)れを賜(たま)わっているのは、全体(ぜんたい)の益(えき)になるためである。 8すなわち、ある人(ひと)には御霊(みたま)によって知恵(ちえ)の言葉(ことば)が与(あた)えられ、ほかの人(ひと)には、同(おな)じ御霊(みたま)によって知識(ちしき)の言(ことば)、 9またほかの人(ひと)には、同(おな)じ御霊(みたま)によって信仰(しんこう)、またほかの人(ひと)には、一つの御霊(みたま)によっていやしの賜物(たまもの)、 10またほかの人(ひと)には力(ちから)あるわざ、またほかの人(ひと)には預言(よげん)、またほかの人(ひと)には霊(れい)を見(み)わける力(ちから)、またほかの人(ひと)には種々(しゅじゅ)の異言(いげん)、またほかの人(ひと)には異言(いげん)を解(と)く力(ちから)が、与(あた)えられている。 11すべてこれらのものは、一つの同(おな)じ御霊(みたま)の働(はたら)きであって、御霊(みたま)は思(おも)いのままに、それらを各自(かくじ)に分(わ)け与(あた)えられるのである。

12からだが一つであっても肢体(したい)は多(おお)くあり、また、からだのすべての肢体(したい)が多(おお)くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合(ばあい)も同様(どうよう)である。 13なぜなら、わたしたちは皆(みな)、ユダヤ人(じん)もギリシヤ人(じん)も、奴隷(どれい)も自由人(じゆうじん)も、一つの御霊(みたま)によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受(う)け、そして皆(みな)一つの御霊(みたま)を飲(の)んだからである。 14実際(じっさい)、からだは一つの肢体(したい)だけではなく、多(おお)くのものからできている。 15もし足(あし)が、わたしは手(て)ではないから、からだに属(ぞく)していないと言(い)っても、それで、からだに属(ぞく)さないわけではない。 16また、もし耳(みみ)が、わたしは目(め)ではないから、からだに属(ぞく)していないと言(い)っても、それで、からだに属(ぞく)さないわけではない。 17もしからだ全体(ぜんたい)が目(め)だとすれば、どこで聞(き)くのか。もし、からだ全体(ぜんたい)が耳(みみ)だとすれば、どこでかぐのか。 18そこで神(かみ)は御旨(みむね)のままに、肢体(したい)をそれぞれ、からだに備(そな)えられたのである。 19もし、すべてのものが一つの肢体(したい)なら、どこにからだがあるのか。 20ところが実際(じっさい)、肢体(したい)は多(おお)くあるが、からだは一つなのである。 21目(め)は手(て)にむかって、「おまえはいらない」とは言(い)えず、また頭(あたま)は足(あし)にむかって、「おまえはいらない」とも言(い)えない。 22そうではなく、むしろ、からだのうちで他(ほか)よりも弱(よわ)く見(み)える肢体(したい)が、かえって必要(ひつよう)なのであり、 23からだのうちで、他(ほか)よりも見(み)劣(おと)りがすると思(おも)えるところに、ものを着(き)せていっそう見(み)よくする。麗(うるわ)しくない部分(ぶぶん)はいっそう麗(うるわ)しくするが、 24麗(うるわ)しい部分(ぶぶん)はそうする必要(ひつよう)がない。神(かみ)は劣(おと)っている部分(ぶぶん)をいっそう見(み)よくして、からだに調和(ちょうわ)をお与(あた)えになったのである。 25それは、からだの中(なか)に分裂(ぶんれつ)がなく、それぞれの肢体(したい)が互(たがい)にいたわり合(あ)うためなのである。 26もし一つの肢体(したい)が悩(なや)めば、ほかの肢体(したい)もみな共(とも)に悩(なや)み、一つの肢体(したい)が尊(たっと)ばれると、ほかの肢体(したい)もみな共(とも)に喜(よろこ)ぶ。 27あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体(したい)である。 28そして、神(かみ)は教会(きょうかい)の中(なか)で、人々(ひとびと)を立(た)てて、第(だい)一に使徒(しと)、第(だい)二に預言者(よげんしゃ)、第(だい)三に教師(きょうし)とし、次(つぎ)に力(ちから)あるわざを行(おこな)う者(もの)、次(つぎ)にいやしの賜物(たまもの)を持(も)つ者(もの)、また補助者(ほじょしゃ)、管理者(かんりしゃ)、種々(しゅじゅ)の異言(いげん)を語(かた)る者(もの)をおかれた。 29みんなが使徒(しと)だろうか。みんなが預言者(よげんしゃ)だろうか。みんなが教師(きょうし)だろうか。みんなが力(ちから)あるわざを行(おこな)う者(もの)だろうか。 30みんながいやしの賜物(たまもの)を持(も)っているのだろうか。みんなが異言(いげん)を語(かた)るのだろうか。みんなが異言(いげん)を解(と)くのだろうか。 31だが、あなたがたは、更(さら)に大(おお)いなる賜物(たまもの)を得(え)ようと熱心(ねっしん)に努(つと)めなさい。そこで、わたしは最(もっと)もすぐれた道(みち)をあなたがたに示(しめ)そう。

第一三章

1たといわたしが、人々(ひとびと)の言葉(ことば)や御使(みつかい)たちの言葉(ことば)を語(かた)っても、もし愛(あい)がなければ、わたしは、やかましい鐘(かね)や騒(さわ)がしい鐃鉢(にょうはち)と同(おな)じである。 2たといまた、わたしに預言(よげん)をする力(ちから)があり、あらゆる奥義(おくぎ)とあらゆる知識(ちしき)とに通(つう)じていても、また、山(やま)を移(うつ)すほどの強(つよ)い信仰(しんこう)があっても、もし愛(あい)がなければ、わたしは無(む)に等(ひと)しい。 3たといまた、わたしが自分(じぶん)の全(ぜん)財産(ざいさん)を人(ひと)に施(ほどこ)しても、また、自分(じぶん)のからだを焼(や)かれるために渡(わた)しても、もし愛(あい)がなければ、いっさいは無益(むえき)である。

4愛(あい)は寛容(かんよう)であり、愛(あい)は情深(なさけぶか)い。また、ねたむことをしない。愛(あい)は高(たか)ぶらない、誇(ほこ)らない、 5不作法(ぶさほう)をしない、自分(じぶん)の利益(りえき)を求(もと)めない、いらだたない、恨(うら)みをいだかない。 6不義(ふぎ)を喜(よろこ)ばないで真理(しんり)を喜(よろこ)ぶ。 7そして、すべてを忍(しの)び、すべてを信(しん)じ、すべてを望(のぞ)み、すべてを耐(た)える。

8愛(あい)はいつまでも絶(た)えることがない。しかし、預言(よげん)はすたれ、異言(いげん)はやみ、知識(ちしき)はすたれるであろう。 9なぜなら、わたしたちの知(し)るところは一部分(ぶぶん)であり、預言(よげん)するところも一部分(ぶぶん)にすぎない。 10全(まった)きものが来(く)る時(とき)には、部分(ぶぶん)的(てき)なものはすたれる。 11わたしたちが幼(おさ)な子(ご)であった時(とき)には、幼(おさ)な子(ご)らしく語(かた)り、幼(おさ)な子(ご)らしく感(かん)じ、また、幼(おさ)な子(ご)らしく考(かんが)えていた。しかし、おとなとなった今(いま)は、幼(おさ)な子(ご)らしいことを捨(す)ててしまった。 12わたしたちは、今(いま)は、鏡(かがみ)に映(うつ)して見(み)るようにおぼろげに見(み)ている。しかしその時(とき)には、顔(かお)と顔(かお)とを合(あ)わせて、見(み)るであろう。わたしの知(し)るところは、今(いま)は一部分(ぶぶん)にすぎない。しかしその時(とき)には、わたしが完全(かんぜん)に知(し)られているように、完全(かんぜん)に知(し)るであろう。 13このように、いつまでも存続(そんぞく)するものは、信仰(しんこう)と希望(きぼう)と愛(あい)と、この三つである。このうちで最(もっと)も大(おお)いなるものは、愛(あい)である。

第一四章

1愛(あい)を追(お)い求(もと)めなさい。また、霊(れい)の賜物(たまもの)を、ことに預言(よげん)することを、熱心(ねっしん)に求(もと)めなさい。 2異言(いげん)を語(かた)る者(もの)は、人(ひと)にむかって語(かた)るのではなく、神(かみ)にむかって語(かた)るのである。それはだれにもわからない。彼(かれ)はただ、霊(れい)によって奥義(おくぎ)を語(かた)っているだけである。 3しかし預言(よげん)をする者(もの)は、人(ひと)に語(かた)ってその徳(とく)を高(たか)め、彼(かれ)を励(はげ)まし、慰(なぐさ)めるのである。 4異言(いげん)を語(かた)る者(もの)は自分(じぶん)だけの徳(とく)を高(たか)めるが、預言(よげん)をする者(もの)は教会(きょうかい)の徳(とく)を高(たか)める。 5わたしは実際(じっさい)、あなたがたがひとり残(のこ)らず異言(いげん)を語(かた)ることを望(のぞ)むが、特(とく)に預言(よげん)をしてもらいたい。教会(きょうかい)の徳(とく)を高(たか)めるように異言(いげん)を解(と)かない限(かぎ)り、異言(いげん)を語(かた)る者(もの)よりも、預言(よげん)をする者(もの)の方(ほう)がまさっている。

6だから、兄弟(きょうだい)たちよ。たといわたしがあなたがたの所(ところ)に行(い)って異言(いげん)を語(かた)るとしても、啓示(けいじ)か知識(ちしき)か預言(よげん)か教(おしえ)かを語(かた)らなければ、あなたがたに、なんの役(やく)に立(た)つだろうか。 7また、笛(ふえ)や立琴(たてごと)のような楽器(がっき)でも、もしその音(おと)に変化(へんか)がなければ、何(なに)を吹(ふ)いているのか、弾(ひ)いているのか、どうして知(し)ることができようか。 8また、もしラッパがはっきりした音(おと)を出(だ)さないなら、だれが戦闘(せんとう)の準備(じゅんび)をするだろうか。 9それと同様(どうよう)に、もしあなたがたが異言(いげん)ではっきりしない言葉(ことば)を語(かた)れば、どうしてその語(かた)ることがわかるだろうか。それでは、空(くう)にむかって語(かた)っていることになる。 10世(よ)には多種(たしゅ)多様(たよう)の言葉(ことば)があるだろうが、意味(いみ)のないものは一つもない。 11もしその言葉(ことば)の意味(いみ)がわからないなら、語(かた)っている人(ひと)にとっては、わたしは異国人(いこくじん)であり、語(かた)っている人(ひと)も、わたしにとっては異国人(いこくじん)である。 12だから、あなたがたも、霊(れい)の賜物(たまもの)を熱心(ねっしん)に求(もと)めている以上(いじょう)は、教会(きょうかい)の徳(とく)を高(たか)めるために、それを豊(ゆた)かにいただくように励(はげ)むがよい。

13このようなわけであるから、異言(いげん)を語(かた)る者(もの)は、自分(じぶん)でそれを解(と)くことができるように祈(いの)りなさい。 14もしわたしが異言(いげん)をもって祈(いの)るなら、わたしの霊(れい)は祈(いの)るが、知性(ちせい)は実(み)を結(むす)ばないからである。 15すると、どうしたらよいのか。わたしは霊(れい)で祈(いの)ると共(とも)に、知性(ちせい)でも祈(いのり)ろう。霊(れい)でさんびを歌(うた)うと共(とも)に、知性(ちせい)でも歌(うた)おう。 16そうでないと、もしあなたが霊(れい)で祝福(しゅくふく)の言葉(ことば)を唱(とな)えても、初心者(しょしんじゃ)の席(せき)にいる者(もの)は、あなたの感謝(かんしゃ)に対(たい)して、どうしてアァメンと言(い)えようか。あなたが何(なに)を言(い)っているのか、彼(かれ)には通(つう)じない。 17感謝(かんしゃ)するのは結構(けっこう)だが、それで、ほかの人(ひと)の徳(とく)を高(たか)めることにはならない。 18わたしは、あなたがたのうちのだれよりも多(おお)く異言(いげん)が語(かた)れることを、神(かみ)に感謝(かんしゃ)する。 19しかし教会(きょうかい)では、一万の言葉(ことば)を異言(いげん)で語(かた)るよりも、ほかの人(ひと)たちをも教(おし)えるために、むしろ五つの言葉(ことば)を知性(ちせい)によって語(かた)る方(ほう)が願(ねが)わしい。

20兄弟(きょうだい)たちよ。物(もの)の考(かんが)えかたでは、子供(こども)となってはいけない。悪事(あくじ)については幼(おさ)な子(ご)となるのはよいが、考(かんが)えかたでは、おとなとなりなさい。 21律法(りっぽう)にこう書(か)いてある、「わたしは、異国(いこく)の舌(した)と異国(いこく)のくちびるとで、この民(たみ)に語(かた)るが、それでも、彼(かれ)らはわたしに耳(みみ)を傾(かたむ)けない、と主(しゅ)が仰(おお)せになる」。 22このように、異言(いげん)は信者(しんじゃ)のためではなく未信者(みしんじゃ)のためのしるしであるが、預言(よげん)は未信者(みしんじゃ)のためではなく信者(しんじゃ)のためのしるしである。 23もし全(ぜん)教会(きょうかい)が一緒(いっしょ)に集(あつ)まって、全員(ぜんいん)が異言(いげん)を語(かた)っているところに、初心者(しょしんじゃ)か不信者(ふしんじゃ)かがはいってきたら、彼(かれ)らはあなたがたを気違(きちが)いだと言(い)うだろう。 24しかし、全員(ぜんいん)が預言(よげん)をしているところに、不信者(ふしんじゃ)か初心者(しょしんじゃ)がはいってきたら、彼(かれ)の良心(りょうしん)はみんなの者(もの)に責(せ)められ、みんなの者(もの)にさばかれ、 25その心(こころ)の秘密(ひみつ)があばかれ、その結果(けっか)、ひれ伏(ふ)して神(かみ)を拝(おが)み、「まことに、神(かみ)があなたがたのうちにいます」と告白(こくはく)するに至(いた)るであろう。

26すると、兄弟(きょうだい)たちよ。どうしたらよいのか。あなたがたが一緒(いっしょ)に集(あつ)まる時(とき)、各自(かくじ)はさんびを歌(うた)い、教(おしえ)をなし、啓示(けいじ)を告(つ)げ、異言(いげん)を語(かた)り、それを解(と)くのであるが、すべては徳(とく)を高(たか)めるためにすべきである。 27もし異言(いげん)を語(かた)る者(もの)があれば、ふたりか、多(おお)くて三人(にん)の者(もの)が、順々(じゅんじゅん)に語(かた)り、そして、ひとりがそれを解(と)くべきである。 28もし解(と)く者(もの)がいない時(とき)には、教会(きょうかい)では黙(だま)っていて、自分(じぶん)に対(たい)しまた神(かみ)に対(たい)して語(かた)っているべきである。 29預言(よげん)をする者(もの)の場合(ばあい)にも、ふたりか三人(にん)かが語(かた)り、ほかの者(もの)はそれを吟味(ぎんみ)すべきである。 30しかし、席(せき)にいる他(た)の者(もの)が啓示(けいじ)を受(う)けた場合(ばあい)には、初(はじ)めの者(もの)は黙(だま)るがよい。 31あなたがたは、みんなが学(まな)びみんなが勧(すす)めを受(う)けるために、ひとりずつ残(のこ)らず預言(よげん)をすることができるのだから。 32かつ、預言者(よげんしゃ)の霊(れい)は預言者(よげんしゃ)に服従(ふくじゅう)するものである。 33神(かみ)は無(む)秩序(ちつじょ)の神(かみ)ではなく、平和(へいわ)の神(かみ)である。

聖徒(せいと)たちのすべての教会(きょうかい)で行(おこな)われているように、 34婦人(ふじん)たちは教会(きょうかい)では黙(だま)っていなければならない。彼(かれ)らは語(かた)ることが許(ゆる)されていない。だから、律法(りっぽう)も命(めい)じているように、服従(ふくじゅう)すべきである。 35もし何(なに)か学(まな)びたいことがあれば、家(いえ)で自分(じぶん)の夫(おっと)に尋(たず)ねるがよい。教会(きょうかい)で語(かた)るのは、婦人(ふじん)にとっては恥(は)ずべきことである。 36それとも、神(かみ)の言(ことば)はあなたがたのところから出(で)たのか。あるいは、あなたがただけにきたのか。

37もしある人(ひと)が、自分(じぶん)は預言者(よげんしゃ)か霊(れい)の人(ひと)であると思(おも)っているなら、わたしがあなたがたに書(か)いていることは、主(しゅ)の命令(めいれい)だと認(みと)めるべきである。 38もしそれを無視(むし)する者(もの)があれば、その人(ひと)もまた無視(むし)される。

39わたしの兄弟(きょうだい)たちよ。このようなわけだから、預言(よげん)することを熱心(ねっしん)に求(もと)めなさい。また、異言(いげん)を語(かた)ることを妨(さまた)げてはならない。 40しかし、すべてのことを適宜(てきぎ)に、かつ秩序(ちつじょ)を正(ただ)して行(おこな)うがよい。

第一五章

1兄弟(きょうだい)たちよ。わたしが以前(いぜん)あなたがたに伝(つた)えた福音(ふくいん)、あなたがたが受(う)けいれ、それによって立(た)ってきたあの福音(ふくいん)を、思(おも)い起(おこ)してもらいたい。 2もしあなたがたが、いたずらに信(しん)じないで、わたしの宣(の)べ伝(つた)えたとおりの言葉(ことば)を固(かた)く守(まも)っておれば、この福音(ふくいん)によって救(すく)われるのである。 3わたしが最(もっと)も大事(だいじ)なこととしてあなたがたに伝(つた)えたのは、わたし自身(じしん)も受(う)けたことであった。すなわちキリストが、聖書(せいしょ)に書(か)いてあるとおり、わたしたちの罪(つみ)のために死(し)んだこと、 4そして葬(ほうむ)られたこと、聖書(せいしょ)に書(か)いてあるとおり、三日(か)目(め)によみがえったこと、 5ケパに現(あらわ)れ、次(つぎ)に、十二人(にん)に現(あらわ)れたことである。 6そののち、五百人(にん)以上(いじょう)の兄弟(きょうだい)たちに、同時(どうじ)に現(あらわ)れた。その中(なか)にはすでに眠(ねむ)った者(もの)たちもいるが、大多数(だいたすう)はいまなお生存(せいぞん)している。 7そののち、ヤコブに現(あらわ)れ、次(つぎ)に、すべての使徒(しと)たちに現(あらわ)れ、 8そして最後(さいご)に、いわば、月(つき)足(た)らずに生(うま)れたようなわたしにも、現(あらわ)れたのである。 9実際(じっさい)わたしは、神(かみ)の教会(きょうかい)を迫害(はくがい)したのであるから、使徒(しと)たちの中(なか)でいちばん小(ちい)さい者(もの)であって、使徒(しと)と呼(よ)ばれる値(ね)うちのない者(もの)である。 10しかし、神(かみ)の恵(めぐ)みによって、わたしは今日(こんにち)あるを得(え)ているのである。そして、わたしに賜(たま)わった神(かみ)の恵(めぐ)みはむだにならず、むしろ、わたしは彼(かれ)らの中(なか)のだれよりも多(おお)く働(はたら)いてきた。しかしそれは、わたし自身(じしん)ではなく、わたしと共(とも)にあった神(かみ)の恵(めぐ)みである。 11とにかく、わたしにせよ彼(かれ)らにせよ、そのように、わたしたちは宣(の)べ伝(つた)えており、そのように、あなたがたは信(しん)じたのである。

12さて、キリストは死人(しにん)の中(なか)からよみがえったのだと宣(の)べ伝(つた)えられているのに、あなたがたの中(なか)のある者(もの)が、死人(しにん)の復活(ふっかつ)などはないと言(い)っているのは、どうしたことか。 13もし死人(しにん)の復活(ふっかつ)がないならば、キリストもよみがえらなかったであろう。 14もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教(せんきょう)はむなしく、あなたがたの信仰(しんこう)もまたむなしい。 15すると、わたしたちは神(かみ)にそむく偽証人(ぎしょうにん)にさえなるわけだ。なぜなら、万一(まんいち)死人(しにん)がよみがえらないとしたら、わたしたちは神(かみ)が実際(じっさい)よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言(い)って、神(かみ)に反(はん)するあかしを立(た)てたことになるからである。 16もし死人(しにん)がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。 17もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰(しんこう)は空虚(くうきょ)なものとなり、あなたがたは、いまなお罪(つみ)の中(なか)にいることになろう。 18そうだとすると、キリストにあって眠(ねむ)った者(もの)たちは、滅(ほろ)んでしまったのである。 19もしわたしたちが、この世(よ)の生活(せいかつ)でキリストにあって単(たん)なる望(のぞ)みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人(ひと)の中(なか)で最(もっと)もあわれむべき存在(そんざい)となる。

20しかし事実(じじつ)、キリストは眠(ねむ)っている者(もの)の初穂(はつほ)として、死人(しにん)の中(なか)からよみがえったのである。 21それは、死(し)がひとりの人(ひと)によってきたのだから、死人(しにん)の復活(ふっかつ)もまた、ひとりの人(ひと)によってこなければならない。 22アダムにあってすべての人(ひと)が死(し)んでいるのと同(おな)じように、キリストにあってすべての人(ひと)が生(い)かされるのである。 23ただ、各自(かくじ)はそれぞれの順序(じゅんじょ)に従(したが)わねばならない。最初(さいしょ)はキリスト、次(つぎ)に、主(しゅ)の来臨(らいりん)に際(さい)してキリストに属(ぞく)する者(もの)たち、 24それから終末(しゅうまつ)となって、その時(とき)に、キリストはすべての君(きみ)たち、すべての権威(けんい)と権力(けんりょく)とを打(う)ち滅(ほろ)ぼして、国(くに)を父(ちち)なる神(かみ)に渡(わた)されるのである。 25なぜなら、キリストはあらゆる敵(てき)をその足(あし)もとに置(お)く時(とき)までは、支配(しはい)を続(つづ)けることになっているからである。 26最後(さいご)の敵(てき)として滅(ほろ)ぼされるのが、死(し)である。 27「神(かみ)は万物(ばんぶつ)を彼(かれ)の足(あし)もとに従(したが)わせた」からである。ところが、万物(ばんぶつ)を従(したが)わせたと言(い)われる時(とき)、万物(ばんぶつ)を従(したが)わせたかたがそれに含(ふく)まれていないことは、明(あき)らかである。 28そして、万物(ばんぶつ)が神(かみ)に従(したが)う時(とき)には、御子(みこ)自身(じしん)もまた、万物(ばんぶつ)を従(したが)わせたそのかたに従(したが)うであろう。それは、神(かみ)がすべての者(もの)にあって、すべてとなられるためである。

29そうでないとすれば、死者(ししゃ)のためにバプテスマを受(う)ける人々(ひとびと)は、なぜそれをするのだろうか。もし死者(ししゃ)が全(まった)くよみがえらないとすれば、なぜ人々(ひとびと)が死者(ししゃ)のためにバプテスマを受(う)けるのか。 30また、なんのために、わたしたちはいつも危険(きけん)を冒(おか)しているのか。 31兄弟(きょうだい)たちよ。わたしたちの主(しゅ)キリスト・イエスにあって、わたしがあなたがたにつき持(も)っている誇(ほこり)にかけて言(い)うが、わたしは日々(ひび)死(し)んでいるのである。 32もし、わたしが人間(にんげん)の考(かんが)えによってエペソで獣(けもの)と戦(たたか)ったとすれば、それはなんの役(やく)に立(た)つのか。もし死人(しにん)がよみがえらないのなら、「わたしたちは飲(の)み食(く)いしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ」。 33まちがってはいけない。
「悪(わる)い交(まじ)わりは、良(よ)いならわしをそこなう」。
34目(め)ざめて身(み)を正(ただ)し、罪(つみ)を犯(おか)さないようにしなさい。あなたがたのうちには、神(かみ)について無知(むち)な人々(ひとびと)がいる。あなたがたをはずかしめるために、わたしはこう言(い)うのだ。

35しかし、ある人(ひと)は言(い)うだろう。「どんなふうにして、死人(しにん)がよみがえるのか。どんなからだをして来(く)るのか」。 36おろかな人(ひと)である。あなたのまくものは、死(し)ななければ、生(い)かされないではないか。 37また、あなたのまくのは、やがて成(な)るべきからだをまくのではない。麦(むぎ)であっても、ほかの種(たね)であっても、ただの種(たね)粒(つぶ)にすぎない。 38ところが、神(かみ)はみこころのままに、これにからだを与(あた)え、その一つ一つの種(たね)にそれぞれのからだをお与(あた)えになる。 39すべての肉(にく)が、同(おな)じ肉(にく)なのではない。人(ひと)の肉(にく)があり、獣(けもの)の肉(にく)があり、鳥(とり)の肉(にく)があり、魚(さかな)の肉(にく)がある。 40天(てん)に属(ぞく)するからだもあれば、地(ち)に属(ぞく)するからだもある。天(てん)に属(ぞく)するものの栄光(えいこう)は、地(ち)に属(ぞく)するものの栄光(えいこう)と違(ちが)っている。 41日(ひ)の栄光(えいこう)があり、月(つき)の栄光(えいこう)があり、星(ほし)の栄光(えいこう)がある。また、この星(ほし)とあの星(ほし)との間(あいだ)に、栄光(えいこう)の差(さ)がある。

42死人(しにん)の復活(ふっかつ)も、また同様(どうよう)である。朽(く)ちるものでまかれ、朽(く)ちないものによみがえり、 43卑(いや)しいものでまかれ、栄光(えいこう)あるものによみがえり、弱(よわ)いものでまかれ、強(つよ)いものによみがえり、 44肉(にく)のからだでまかれ、霊(れい)のからだによみがえるのである。肉(にく)のからだがあるのだから、霊(れい)のからだもあるわけである。 45聖書(せいしょ)に「最初(さいしょ)の人(ひと)アダムは生(い)きたものとなった」と書(か)いてあるとおりである。しかし最後(さいご)のアダムは命(いのち)を与(あた)える霊(れい)となった。 46最初(さいしょ)にあったのは、霊(れい)のものではなく肉(にく)のものであって、その後(のち)に霊(れい)のものが来(く)るのである。 47第(だい)一の人(ひと)は地(ち)から出(で)て土(つち)に属(ぞく)し、第(だい)二の人(ひと)は天(てん)から来(く)る。 48この土(つち)に属(ぞく)する人(ひと)に、土(つち)に属(ぞく)している人々(ひとびと)は等(ひと)しく、この天(てん)に属(ぞく)する人(ひと)に、天(てん)に属(ぞく)している人々(ひとびと)は等(ひと)しいのである。 49すなわち、わたしたちは、土(つち)に属(ぞく)している形(かたち)をとっているのと同様(どうよう)に、また天(てん)に属(ぞく)している形(かたち)をとるであろう。

50兄弟(きょうだい)たちよ。わたしはこの事(こと)を言(い)っておく。肉(にく)と血(ち)とは神(かみ)の国(くに)を継(つ)ぐことができないし、朽(く)ちるものは朽(く)ちないものを継(つ)ぐことがない。 51ここで、あなたがたに奥義(おくぎ)を告(つ)げよう。わたしたちすべては、眠(ねむ)り続(つづ)けるのではない。終(おわ)りのラッパの響(ひび)きと共(とも)に、またたく間(あいだ)に、一瞬(いっしゅん)にして変(か)えられる。 52というのは、ラッパが響(ひび)いて、死人(しにん)は朽(く)ちない者(もの)によみがえらされ、わたしたちは変(か)えられるのである。 53なぜなら、この朽(く)ちるものは必(かなら)ず朽(く)ちないものを着(き)、この死(し)ぬものは必(かなら)ず死(し)なないものを着(き)ることになるからである。 54この朽(く)ちるものが朽(く)ちないものを着(き)、この死(し)ぬものが死(し)なないものを着(き)るとき、聖書(せいしょ)に書(か)いてある言葉(ことば)が成就(じょうじゅ)するのである。
55「死(し)は勝利(しょうり)にのまれてしまった。
死(し)よ、おまえの勝利(しょうり)は、どこにあるのか。
死(し)よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
56死(し)のとげは罪(つみ)である。罪(つみ)の力(ちから)は律法(りっぽう)である。 57しかし感謝(かんしゃ)すべきことには、神(かみ)はわたしたちの主(しゅ)イエス・キリストによって、わたしたちに勝利(しょうり)を賜(たま)わったのである。 58だから、愛(あい)する兄弟(きょうだい)たちよ。堅(かた)く立(た)って動(うご)かされず、いつも全(ぜん)力(りょく)を注(そそ)いで主(しゅ)のわざに励(はげ)みなさい。主(しゅ)にあっては、あなたがたの労苦(ろうく)がむだになることはないと、あなたがたは知(し)っているからである。

第一六章

1聖徒(せいと)たちへの献金(けんきん)については、わたしはガラテヤの諸(しょ)教会(きょうかい)に命(めい)じておいたが、あなたがたもそのとおりにしなさい。 2一週(しゅう)の初(はじ)めの日(ひ)ごとに、あなたがたはそれぞれ、いくらでも収入(しゅうにゅう)に応(おう)じて手(て)もとにたくわえておき、わたしが着(つ)いた時(とき)になって初(はじ)めて集(あつ)めることのないようにしなさい。 3わたしが到着(とうちゃく)したら、あなたがたが選(えら)んだ人々(ひとびと)に手紙(てがみ)をつけ、あなたがたの贈(おく)り物(もの)を持(も)たせて、エルサレムに送(おく)り出(だ)すことにしよう。 4もしわたしも行(ゆ)く方(ほう)がよければ、一緒(いっしょ)に行(ゆ)くことになろう。 5わたしは、マケドニヤを通過(つうか)してから、あなたがたのところに行(ゆ)くことになろう。マケドニヤは通過(つうか)するだけだが、 6あなたがたの所(ところ)では、たぶん滞在(たいざい)するようになり、あるいは冬(ふゆ)を過(す)ごすかも知(し)れない。そうなれば、わたしがどこへゆ(い)くにしても、あなたがたに送(おく)ってもらえるだろう。 7わたしは今(いま)、あなたがたに旅(たび)のついでに会(あ)うことは好(この)まない。もし主(しゅ)のお許(ゆる)しがあれば、しばらくあなたがたの所(ところ)に滞在(たいざい)したいと望(のぞ)んでいる。 8しかし五旬節(ごじゅんせつ)までは、エペソに滞在(たいざい)するつもりだ。というのは、有力(ゆうりょく)な働(はたら)きの門(もん)がわたしのために大(おお)きく開(ひら)かれているし、 9また敵対(てきたい)する者(もの)も多(おお)いからである。

10もしテモテが着(つ)いたら、あなたがたの所(ところ)で不安(ふあん)なしに過(す)ごせるようにしてあげてほしい。彼(かれ)はわたしと同様(どうよう)に、主(しゅ)のご用(よう)にあたっているのだから。 11だれも彼(かれ)を軽(かろ)んじてはいけない。そして、わたしの所(ところ)に来(く)るように、どうか彼(かれ)を安(やす)らかに送(おく)り出(だ)してほしい。わたしは彼(かれ)が兄弟(きょうだい)たちと一緒(いっしょ)に来(く)るのを待(ま)っている。 12兄弟(きょうだい)アポロについては、兄弟(きょうだい)たちと一緒(いっしょ)にあなたがたの所(ところ)に行(い)くように、たびたび勧(すす)めてみた。しかし彼(かれ)には、今(いま)行(ゆ)く意志(いし)は、全(まった)くない。適当(てきとう)な機会(きかい)があれば、行(い)くだろう。

13目(め)をさましていなさい。信仰(しんこう)に立(た)ちなさい。男(おとこ)らしく、強(つよ)くあってほしい。 14いっさいのことを、愛(あい)をもって行(おこな)いなさい。

15兄弟(きょうだい)たちよ。あなたがたに勧(すす)める。あなたがたが知(し)っているように、ステパナの家(いえ)はアカヤの初穂(はつほ)であって、彼(かれ)らは身(み)をもって聖徒(せいと)に奉仕(ほうし)してくれた。 16どうか、このような人々(ひとびと)と、またすべて彼(かれ)らと共(とも)に働(はたら)き共(とも)に労(ろう)する人々(ひとびと)とに、従(したが)ってほしい。 17わたしは、ステパナとポルトナトとアカイコとがきてくれたのを喜(よろこ)んでいる。彼(かれ)らはあなたがたの足(た)りない所(ところ)を満(み)たし、 18わたしの心(こころ)とあなたがたの心(こころ)とを、安(やす)らかにしてくれた。こうした人々(ひとびと)は、重(おも)んじなければならない。

19アジヤの諸(しょ)教会(きょうかい)から、あなたがたによろしく。アクラとプリスカとその家(いえ)の教会(きょうかい)から、主(しゅ)にあって心(こころ)からよろしく。 20すべての兄弟(きょうだい)たちから、よろしく。あなたがたも互(たがい)に、きよい接吻(せっぷん)をもってあいさつをかわしなさい。

21ここでパウロが、手(て)ずからあいさつをしるす。 22もし主(しゅ)を愛(あい)さない者(もの)があれば、のろわれよ。マラナ・タ(われらの主(しゅ)よ、きたりませ)。 23主(しゅ)イエスの恵(めぐ)みが、あなたがたと共(とも)にあるように。 24わたしの愛(あい)が、キリスト・イエスにあって、あなたがた一同(いちどう)と共(とも)にあるように。