ヨハネの第一の手紙

第一章

1初(はじ)めからあったもの、わたしたちが聞(き)いたもの、目(め)で見(み)たもの、よく見(み)て手(て)でさわったもの、すなわち、いのちの言(ことば)について―― 2このいのちが現(あらわ)れたので、この永遠(えいえん)のいのちをわたしたちは見(み)て、そのあかしをし、かつ、あなたがたに告(つ)げ知(し)らせるのである。この永遠(えいえん)のいのちは、父(ちち)と共(とも)にいましたが、今(いま)やわたしたちに現(あらわ)れたものである―― 3すなわち、わたしたちが見(み)たもの、聞(き)いたものを、あなたがたにも告(つ)げ知(し)らせる。それは、あなたがたも、わたしたちの交(まじ)わりにあずかるようになるためである。わたしたちの交(まじ)わりとは、父(ちち)ならびに御子(みこ)イエス・キリストとの交(まじ)わりのことである。 4これを書(か)きおくるのは、わたしたちの喜(よろこ)びが満(み)ちあふれるためである。

5わたしたちがイエスから聞(き)いて、あなたがたに伝(つた)えるおとずれは、こうである。神(かみ)は光(ひかり)であって、神(かみ)には少(すこ)しの暗(くら)いところもない。 6神(かみ)と交(まじ)わりをしていると言(い)いながら、もし、やみの中(なか)を歩(ある)いているなら、わたしたちは偽(いつわ)っているのであって、真理(しんり)を行(おこな)っているのではない。 7しかし、神(かみ)が光(ひかり)の中(なか)にいますように、わたしたちも光(ひかり)の中(なか)を歩(ある)くならば、わたしたちは互(たがい)に交(まじ)わりをもち、そして、御子(みこ)イエスの血(ち)が、すべての罪(つみ)からわたしたちをきよめるのである。 8もし、罪(つみ)がないと言(い)うなら、それは自分(じぶん)を欺(あざむ)くことであって、真理(しんり)はわたしたちのうちにない。 9もし、わたしたちが自分(じぶん)の罪(つみ)を告白(こくはく)するならば、神(かみ)は真実(しんじつ)で正(ただ)しいかたであるから、その罪(つみ)をゆるし、すべての不義(ふぎ)からわたしたちをきよめて下(くだ)さる。 10もし、罪(つみ)を犯(おか)したことがないと言(い)うなら、それは神(かみ)を偽(いつわ)り者(もの)とするのであって、神(かみ)の言(ことば)はわたしたちのうちにない。

第二章

1わたしの子(こ)たちよ。これらのことを書(か)きおくるのは、あなたがたが罪(つみ)を犯(おか)さないようになるためである。もし、罪(つみ)を犯(おか)す者(もの)があれば、父(ちち)のみもとには、わたしたちのために助(たす)け主(ぬし)、すなわち、義(ぎ)なるイエス・キリストがおられる。 2彼(かれ)は、わたしたちの罪(つみ)のための、あがないの供(そな)え物(もの)である。ただ、わたしたちの罪(つみ)のためばかりではなく、全(ぜん)世界(せかい)の罪(つみ)のためである。 3もし、わたしたちが彼(かれ)の戒(いまし)めを守(まも)るならば、それによって彼(かれ)を知(し)っていることを悟(さと)るのである。 4「彼(かれ)を知(し)っている」と言(い)いながら、その戒(いまし)めを守(まも)らない者(もの)は、偽(いつわ)り者(もの)であって、真理(しんり)はその人(ひと)のうちにない。 5しかし、彼(かれ)の御言(みことば)を守(まも)る者(もの)があれば、その人(ひと)のうちに、神(かみ)の愛(あい)が真(しん)に全(まっと)うされるのである。それによって、わたしたちが彼(かれ)にあることを知(し)るのである。 6「彼(かれ)におる」と言(い)う者(もの)は、彼(かれ)が歩(ある)かれたように、その人(ひと)自身(じしん)も歩(ある)くべきである。

7愛(あい)する者(もの)たちよ。わたしがあなたがたに書(か)きおくるのは、新(あたら)しい戒(いまし)めではなく、あなたがたが初(はじ)めから受(う)けていた古(ふる)い戒(いまし)めである。その古(ふる)い戒(いまし)めとは、あなたがたがすでに聞(き)いた御言(みことば)である。 8しかも、新(あたら)しい戒(いまし)めを、あなたがたに書(か)きおくるのである。そして、それは、彼(かれ)にとってもあなたがたにとっても、真理(しんり)なのである。なぜなら、やみは過(す)ぎ去(さ)り、まことの光(ひかり)がすでに輝(かがや)いているからである。 9「光(ひかり)の中(なか)にいる」と言(い)いながら、その兄弟(きょうだい)を憎(にく)む者(もの)は、今(いま)なお、やみの中(なか)にいるのである。 10兄弟(きょうだい)を愛(あい)する者(もの)は、光(ひかり)におるのであって、つまずくことはない。 11兄弟(きょうだい)を憎(にく)む者(もの)は、やみの中(なか)におり、やみの中(なか)を歩(ある)くのであって、自分(じぶん)ではどこへ行(い)くのかわからない。やみが彼(かれ)の目(め)を見(み)えなくしたからである。

12子(こ)たちよ。あなたがたにこれを書(か)きおくるのは、御名(みな)のゆえに、あなたがたの多(おお)くの罪(つみ)がゆるされたからである。 13父(ちち)たちよ。あなたがたに書(か)きおくるのは、あなたがたが、初(はじ)めからいますかたを知(し)ったからである。若者(わかもの)たちよ。あなたがたに書(か)きおくるのは、あなたがたが、悪(あ)しき者(もの)にうち勝(か)ったからである。 14子供(こども)たちよ。あなたがたに書(か)きおくったのは、あなたがたが父(ちち)を知(し)ったからである。父(ちち)たちよ。あなたがたに書(か)きおくったのは、あなたがたが、初(はじ)めからいますかたを知(し)ったからである。若者(わかもの)たちよ。あなたがたに書(か)きおくったのは、あなたがたが強(つよ)い者(もの)であり、神(かみ)の言(ことば)があなたがたに宿(やど)り、そして、あなたがたが悪(あ)しき者(もの)にうち勝(か)ったからである。 15世(よ)と世(よ)にあるものとを、愛(あい)してはいけない。もし、世(よ)を愛(あい)する者(もの)があれば、父(ちち)の愛(あい)は彼(かれ)のうちにない。 16すべて世(よ)にあるもの、すなわち、肉(にく)の欲(よく)、目(め)の欲(よく)、持(も)ち物(もの)の誇(ほこり)は、父(ちち)から出(で)たものではなく、世(よ)から出(で)たものである。 17世(よ)と世(よ)の欲(よく)とは過(す)ぎ去(さ)る。しかし、神(かみ)の御旨(みむね)を行(おこな)う者(もの)は、永遠(えいえん)にながらえる。

18子供(こども)たちよ。今(いま)は終(おわ)りの時(とき)である。あなたがたがかねて反(はん)キリストが来(く)ると聞(き)いていたように、今(いま)や多(おお)くの反(はん)キリストが現(あらわ)れてきた。それによって今(いま)が終(おわ)りの時(とき)であることを知(し)る。 19彼(かれ)らはわたしたちから出(で)て行(い)った。しかし、彼(かれ)らはわたしたちに属(ぞく)する者(もの)ではなかったのである。もし属(ぞく)する者(もの)であったなら、わたしたちと一緒(いっしょ)にとどまっていたであろう。しかし、出(で)て行(い)ったのは、元来(がんらい)、彼(かれ)らがみなわたしたちに属(ぞく)さない者(もの)であることが、明(あき)らかにされるためである。 20しかし、あなたがたは聖(せい)なる者(もの)に油(あぶら)を注(そそ)がれているので、あなたがたすべてが、そのことを知(し)っている。 21わたしが書(か)きおくったのは、あなたがたが真理(しんり)を知(し)らないからではなく、それを知(し)っているからであり、また、すべての偽(いつわ)りは真理(しんり)から出(で)るものでないことを、知(し)っているからである。 22偽(いつわ)り者(もの)とは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定(ひてい)する者(もの)ではないか。父(ちち)と御子(みこ)とを否定(ひてい)する者(もの)は、反(はん)キリストである。 23御子(みこ)を否定(ひてい)する者(もの)は父(ちち)を持(も)たず、御子(みこ)を告白(こくはく)する者(もの)は、また父(ちち)をも持(も)つのである。 24初(はじ)めから聞(き)いたことが、あなたがたのうちに、とどまるようにしなさい。初(はじ)めから聞(き)いたことが、あなたがたのうちにとどまっておれば、あなたがたも御子(みこ)と父(ちち)とのうちに、とどまることになる。 25これが、彼(かれ)自(みずか)らわたしたちに約束(やくそく)された約束(やくそく)であって、すなわち、永遠(えいえん)のいのちである。 26わたしは、あなたがたを惑(まど)わす者(もの)たちについて、これらのことを書(か)きおくった。 27あなたがたのうちには、キリストからいただいた油(あぶら)がとどまっているので、だれにも教(おし)えてもらう必要(ひつよう)はない。この油(あぶら)が、すべてのことをあなたがたに教(おし)える。それはまことであって、偽(いつわ)りではないから、その油(あぶら)が教(おし)えたように、あなたがたは彼(かれ)のうちにとどまっていなさい。

28そこで、子(こ)たちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、彼(かれ)が現(あらわ)れる時(とき)に、確信(かくしん)を持(も)ち、その来臨(らいりん)に際(さい)して、みまえに恥(は)じいることがないためである。 29彼(かれ)の義(ぎ)なるかたであることがわかれば、義(ぎ)を行(おこな)う者(もの)はみな彼(かれ)から生(うま)れたものであることを、知(し)るであろう。

第三章

1わたしたちが神(かみ)の子(こ)と呼(よ)ばれるためには、どんなに大(おお)きな愛(あい)を父(ちち)から賜(たま)わったことか、よく考(かんが)えてみなさい。わたしたちは、すでに神(かみ)の子(こ)なのである。世(よ)がわたしたちを知(し)らないのは、父(ちち)を知(し)らなかったからである。 2愛(あい)する者(もの)たちよ。わたしたちは今(いま)や神(かみ)の子(こ)である。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明(あき)らかではない。彼(かれ)が現(あらわ)れる時(とき)、わたしたちは、自分(じぶん)たちが彼(かれ)に似(に)るものとなることを知(し)っている。そのまことの御姿(みすがた)を見(み)るからである。 3彼(かれ)についてこの望(のぞ)みをいだいている者(もの)は皆(みな)、彼(かれ)がきよくあられるように、自(みずか)らをきよくする。 4すべて罪(つみ)を犯(おか)す者(もの)は、不法(ふほう)を行(おこな)う者(もの)である。罪(つみ)は不法(ふほう)である。 5あなたがたが知(し)っているとおり、彼(かれ)は罪(つみ)をとり除(のぞ)くために現(あらわ)れたのであって、彼(かれ)にはなんらの罪(つみ)がない。 6すべて彼(かれ)におる者(もの)は、罪(つみ)を犯(おか)さない。すべて罪(つみ)を犯(おか)す者(もの)は彼(かれ)を見(み)たこともなく、知(し)ったこともない者(もの)である。 7子(こ)たちよ。だれにも惑(まど)わされてはならない。彼(かれ)が義人(ぎじん)であると同様(どうよう)に、義(ぎ)を行(おこな)う者(もの)は義人(ぎじん)である。 8罪(つみ)を犯(おか)す者(もの)は、悪魔(あくま)から出(で)た者(もの)である。悪魔(あくま)は初(はじ)めから罪(つみ)を犯(おか)しているからである。神(かみ)の子(こ)が現(あらわ)れたのは、悪魔(あくま)のわざを滅(ほろ)ぼしてしまうためである。 9すべて神(かみ)から生(うま)れた者(もの)は、罪(つみ)を犯(おか)さない。神(かみ)の種(たね)が、その人(ひと)のうちにとどまっているからである。また、その人(ひと)は、神(かみ)から生(うま)れた者(もの)であるから、罪(つみ)を犯(おか)すことができない。 10神(かみ)の子(こ)と悪魔(あくま)の子(こ)との区別(くべつ)は、これによって明(あき)らかである。すなわち、すべて義(ぎ)を行(おこな)わない者(もの)は、神(かみ)から出(で)た者(もの)ではない。兄弟(きょうだい)を愛(あい)さない者(もの)も、同様(どうよう)である。 11わたしたちは互(たがい)に愛(あい)し合(あ)うべきである。これが、あなたがたの初(はじ)めから聞(き)いていたおとずれである。 12カインのようになってはいけない。彼(かれ)は悪(あ)しき者(もの)から出(で)て、その兄弟(きょうだい)を殺(ころ)したのである。なぜ兄弟(きょうだい)を殺(ころ)したのか。彼(かれ)のわざが悪(わる)く、その兄弟(きょうだい)のわざは正(ただ)しかったからである。

13兄弟(きょうだい)たちよ。世(よ)があなたがたを憎(にく)んでも、驚(おどろ)くには及(およ)ばない。 14わたしたちは、兄弟(きょうだい)を愛(あい)しているので、死(し)からいのちへ移(うつ)ってきたことを、知(し)っている。愛(あい)さない者(もの)は、死(し)のうちにとどまっている。 15あなたがたが知(し)っているとおり、すべて兄弟(きょうだい)を憎(にく)む者(もの)は人殺(ひとごろ)しであり、人殺(ひとごろ)しはすべて、そのうちに永遠(えいえん)のいのちをとどめてはいない。 16主(しゅ)は、わたしたちのためにいのちを捨(す)てて下(くだ)さった。それによって、わたしたちは愛(あい)ということを知(し)った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟(きょうだい)のためにいのちを捨(す)てるべきである。 17世(よ)の富(とみ)を持(も)っていながら、兄弟(きょうだい)が困(こま)っているのを見(み)て、あわれみの心(こころ)を閉(と)じる者(もの)には、どうして神(かみ)の愛(あい)が、彼(かれ)のうちにあろうか。 18子(こ)たちよ。わたしたちは言葉(ことば)や口(くち)先(さき)だけで愛(あい)するのではなく、行(おこな)いと真実(しんじつ)とをもって愛(あい)し合おうではないか。 19それによって、わたしたちが真理(しんり)から出(で)たものであることがわかる。そして、神(かみ)のみまえに心(こころ)を安(やす)んじていよう。 20なぜなら、たといわたしたちの心(こころ)に責(せ)められるようなことがあっても、神(かみ)はわたしたちの心(こころ)よりも大(おお)いなるかたであって、すべてをご存(ぞん)じだからである。 21愛(あい)する者(もの)たちよ。もし心(こころ)に責(せ)められるようなことがなければ、わたしたちは神(かみ)に対(たい)して確信(かくしん)を持(も)つことができる。 22そして、願(ねが)い求(もと)めるものは、なんでもいただけるのである。それは、わたしたちが神(かみ)の戒(いまし)めを守(まも)り、みこころにかなうことを、行(おこな)っているからである。 23その戒(いまし)めというのは、神(かみ)の子(こ)イエス・キリストの御名(みな)を信(しん)じ、わたしたちに命(めい)じられたように、互(たがい)に愛(あい)し合(あ)うべきことである。 24神(かみ)の戒(いまし)めを守(まも)る人(ひと)は、神(かみ)におり、神(かみ)もまたその人(ひと)にいます。そして、神(かみ)がわたしたちのうちにいますことは、神(かみ)がわたしたちに賜(たま)わった御霊(みたま)によって知(し)るのである。

第四章

1愛(あい)する者(もの)たちよ。すべての霊(れい)を信(しん)じることはしないで、それらの霊(れい)が神(かみ)から出(で)たものであるかどうか、ためしなさい。多(おお)くのにせ預言者(よげんしゃ)が世(よ)に出(で)てきているからである。 2あなたがたは、こうして神(かみ)の霊(れい)を知(し)るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体(にくたい)をとってこられたことを告白(こくはく)する霊(れい)は、すべて神(かみ)から出(で)ているものであり、 3イエスを告白(こくはく)しない霊(れい)は、すべて神(かみ)から出(で)ているものではない。これは、反(はん)キリストの霊(れい)である。あなたがたは、それが来(く)るとかねて聞(き)いていたが、今(いま)やすでに世(よ)にきている。 4子(こ)たちよ。あなたがたは神(かみ)から出(で)た者(もの)であって、彼(かれ)らにうち勝(か)ったのである。あなたがたのうちにいますのは、世(よ)にある者(もの)よりも大(おお)いなる者(もの)なのである。 5彼(かれ)らは世(よ)から出(で)たものである。だから、彼(かれ)らは世(よ)のことを語(かた)り、世(よ)も彼(かれ)らの言(い)うことを聞(き)くのである。 6しかし、わたしたちは神(かみ)から出(で)たものである。神(かみ)を知(し)っている者(もの)は、わたしたちの言(い)うことを聞(き)き、神(かみ)から出(で)ない者(もの)は、わたしたちの言(い)うことを聞(き)かない。これによって、わたしたちは、真理(しんり)の霊(れい)と迷(まよ)いの霊(れい)との区別(くべつ)を知(し)るのである。

7愛(あい)する者(もの)たちよ。わたしたちは互(たがい)に愛(あい)し合おうではないか。愛(あい)は、神(かみ)から出(で)たものなのである。すべて愛(あい)する者(もの)は、神(かみ)から生(うま)れた者(もの)であって、神(かみ)を知(し)っている。 8愛(あい)さない者(もの)は、神(かみ)を知(し)らない。神(かみ)は愛(あい)である。 9神(かみ)はそのひとり子(こ)を世(よ)につかわし、彼(かれ)によってわたしたちを生(い)きるようにして下(くだ)さった。それによって、わたしたちに対(たい)する神(かみ)の愛(あい)が明(あき)らかにされたのである。 10わたしたちが神(かみ)を愛(あい)したのではなく、神(かみ)がわたしたちを愛(あい)して下(くだ)さって、わたしたちの罪(つみ)のためにあがないの供(そな)え物(もの)として、御子(みこ)をおつかわしになった。ここに愛(あい)がある。 11愛(あい)する者(もの)たちよ。神(かみ)がこのようにわたしたちを愛(あい)して下(くだ)さったのであるから、わたしたちも互(たがい)に愛(あい)し合(あ)うべきである。 12神(かみ)を見(み)た者(もの)は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互(たがい)に愛(あい)し合(あ)うなら、神(かみ)はわたしたちのうちにいまし、神(かみ)の愛(あい)がわたしたちのうちに全(まっと)うされるのである。

13神(かみ)が御霊(みたま)をわたしたちに賜(たま)わったことによって、わたしたちが神(かみ)におり、神(かみ)がわたしたちにいますことを知(し)る。 14わたしたちは、父(ちち)が御子(みこ)を世(よ)の救主(すくいぬし)としておつかわしになったのを見(み)て、そのあかしをするのである。 15もし人(ひと)が、イエスを神(かみ)の子(こ)と告白(こくはく)すれば、神(かみ)はその人(ひと)のうちにいまし、その人(ひと)は神(かみ)のうちにいるのである。 16わたしたちは、神(かみ)がわたしたちに対(たい)して持(も)っておられる愛(あい)を知(し)り、かつ信(しん)じている。神(かみ)は愛(あい)である。愛(あい)のうちにいる者(もの)は、神(かみ)におり、神(かみ)も彼(かれ)にいます。 17わたしたちもこの世(よ)にあって彼(かれ)のように生(い)きているので、さばきの日(ひ)に確信(かくしん)を持(も)って立(た)つことができる。そのことによって、愛(あい)がわたしたちに全(まっと)うされているのである。 18愛(あい)には恐(おそ)れがない。完全(かんぜん)な愛(あい)は恐(おそ)れをとり除(のぞ)く。恐(おそ)れには懲(こ)らしめが伴い、かつ恐(おそ)れる者(もの)には、愛(あい)が全(まっと)うされていないからである。 19わたしたちが愛(あい)し合(あ)うのは、神(かみ)がまずわたしたちを愛(あい)して下(くだ)さったからである。 20「神(かみ)を愛(あい)している」と言(い)いながら兄弟(きょうだい)を憎(にく)む者(もの)は、偽(いつわ)り者(もの)である。現(げん)に見(み)ている兄弟(きょうだい)を愛(あい)さない者(もの)は、目(め)に見(み)えない神(かみ)を愛(あい)することはできない。 21神(かみ)を愛(あい)する者(もの)は、兄弟(きょうだい)をも愛(あい)すべきである。この戒(いまし)めを、わたしたちは神(かみ)から授(さず)かっている。

第五章

1すべてイエスのキリストであることを信(しん)じる者(もの)は、神(かみ)から生(うま)れた者(もの)である。すべて生(う)んで下(くだ)さったかたを愛(あい)する者(もの)は、そのかたから生(うま)れた者(もの)をも愛(あい)するのである。 2神(かみ)を愛(あい)してその戒(いまし)めを行(おこな)えば、それによってわたしたちは、神(かみ)の子(こ)たちを愛(あい)していることを知(し)るのである。 3神(かみ)を愛(あい)するとは、すなわち、その戒(いまし)めを守(まも)ることである。そして、その戒(いまし)めはむずかしいものではない。 4なぜなら、すべて神(かみ)から生(うま)れた者(もの)は、世(よ)に勝(か)つからである。そして、わたしたちの信仰(しんこう)こそ、世(よ)に勝(か)たしめた勝利(しょうり)の力(ちから)である。 5世(よ)に勝(か)つ者(もの)はだれか。イエスを神(かみ)の子(こ)と信(しん)じる者(もの)ではないか。 6このイエス・キリストは、水(みず)と血(ち)とをとおってこられたかたである。水(みず)によるだけではなく、水(みず)と血(ち)とによってこられたのである。そのあかしをするものは、御霊(みたま)である。御霊(みたま)は真理(しんり)だからである。 7あかしをするものが、三つある。 8御霊(みたま)と水(みず)と血(ち)とである。そして、この三つのものは一致(いっち)する。 9わたしたちは人間(にんげん)のあかしを受(う)けいれるが、しかし、神(かみ)のあかしはさらにまさっている。神(かみ)のあかしというのは、すなわち、御子(みこ)について立(た)てられたあかしである。 10神(かみ)の子(こ)を信(しん)じる者(もの)は、自分(じぶん)のうちにこのあかしを持(も)っている。神(かみ)を信(しん)じない者(もの)は、神(かみ)を偽(いつわ)り者(もの)とする。神(かみ)が御子(みこ)についてあかしせられたそのあかしを、信(しん)じていないからである。 11そのあかしとは、神(かみ)が永遠(えいえん)のいのちをわたしたちに賜(たま)わり、かつ、そのいのちが御子(みこ)のうちにあるということである。 12御子(みこ)を持(も)つ者(もの)はいのちを持(も)ち、神(かみ)の御子(みこ)を持(も)たない者(もの)はいのちを持(も)っていない。

13これらのことをあなたがたに書(か)きおくったのは、神(かみ)の子(こ)の御名(みな)を信(しん)じるあなたがたに、永遠(えいえん)のいのちを持(も)っていることを、悟(さと)らせるためである。 14わたしたちが神(かみ)に対(たい)していだいている確信(かくしん)は、こうである。すなわち、わたしたちが何事(なにごと)でも神(かみ)の御旨(みむね)に従(したが)って願(ねが)い求(もと)めるなら、神(かみ)はそれを聞(き)きいれて下(くだ)さるということである。 15そして、わたしたちが願(ねが)い求(もと)めることは、なんでも聞(き)きいれて下(くだ)さるとわかれば、神(かみ)に願(ねが)い求(もと)めたことはすでにかなえられたことを、知(し)るのである。 16もしだれかが死(し)に至(いた)ることのない罪(つみ)を犯(おか)している兄弟(きょうだい)を見(み)たら、神(かみ)に願(ねが)い求(もと)めなさい。そうすれば神(かみ)は、死(し)に至(いた)ることのない罪(つみ)を犯(おか)している人々(ひとびと)には、いのちを賜(たま)わるであろう。死(し)に至(いた)る罪(つみ)がある。これについては、願(ねが)い求(もと)めよ、とは言(い)わない。 17不義(ふぎ)はすべて、罪(つみ)である。しかし、死(し)に至(いた)ることのない罪(つみ)もある。

18すべて神(かみ)から生(うま)れた者(もの)は罪(つみ)を犯(おか)さないことを、わたしたちは知(し)っている。神(かみ)から生(うま)れたかたが彼(かれ)を守(まも)っていて下(くだ)さるので、悪(あ)しき者(もの)が手(て)を触(ふ)れるようなことはない。 19また、わたしたちは神(かみ)から出(で)た者(もの)であり、全(ぜん)世界(せかい)は悪(あ)しき者(もの)の配下(はいか)にあることを、知(し)っている。 20さらに、神(かみ)の子(こ)がきて、真実(しんじつ)なかたを知(し)る知力(ちりょく)をわたしたちに授(さづ)けて下(くだ)さったことも、知(し)っている。そして、わたしたちは、真実(しんじつ)なかたにおり、御子(みこ)イエス・キリストにおるのである。このかたは真実(しんじつ)な神(かみ)であり、永遠(えいえん)のいのちである。 21子(こ)たちよ。気(き)をつけて、偶像(ぐうぞう)を避(さ)けなさい。